アンドリュー・バルトフェルド。 砂漠の虎という異名を持つ、大陸全土に名を轟かせるバナティーヤの智将。 バナティーヤ王国国土の三分の一を占める、砂漠での作戦を考え指揮する事が大の得意。 未だかつてこの国に戦争を仕掛け、虎を破った者は居ないと言う。 ――――そして、彼は―――・・・・ キラはアンディの正体を悟ると同時に、彼から一歩下がって膝をつき、顔を伏せて胸に手を当てた。 「お怪我がなくて何よりでした、バルトフェルド王陛下。」 そう、男の正体は今キラの立つこの地、バナティーヤ王国の国主だったのだ。 キラは伏せていた顔を少し上げ、アンディを見据えてもう一度名乗ったのだった。 「改めまして、私の名は“紫鬼”。ジュールより親書を持って参りました。」 僅かに目を細めたアンディに、キラは尚も続けて言う。 「名を偽った事をお詫び申し上げます。故あって本名は明かせませんので。」 先ほどから、まるで自分の考えていることを全て見透かされているかのような言動に、アンディは密かに息を呑んだ。 智将の国2ところ変わって立派なバナティーヤ宮殿内。 キラは明らかに私室と思われる部屋に通され、ふかふかのソファーに浅く腰掛けながら、部屋の隅で鼻歌を歌っている男を凝視した。 「えっと、あの・・・・・・・?」 「うん、どうかしたかい?」 微妙にこの人あの仮面と口調が似てるな、と思いながら、キラは思い切って口を開いた。 「・・・・・・・・・・・・・仮面と知り合いですか?」 ―――しまった、そんなこと言うつもりはなかったのに、仮面のことを考えていたからついつい口に出してしまった。 らしくない自分の失態に内心舌打ちをしてみたが、一度言った言葉を元に戻すなんて出来るはずもなく。 意外そうに此方を見るアンディに、キラは誤魔化すように曖昧に笑った。 すると、アンディは特に気にした風もなく、手ずから煎れ終わったコーヒーをキラに手渡しながら嫌そうに答えたのだった。 「仮面・・・・・・まぁ、知り合いではあるな。だが僕はどうにもアレが好きになれなくてねぇ。」 ・・・・なるほど、同族嫌悪か。 なんとなくアンディとクルーゼに似通った部分があるのに気付いて、キラは内心で嘆息した。 それから、アンディが自分に入れたコーヒーを口に含んだのを見て、義務感に近い感情からキラもコーヒーを口に含んだのだった。 「ぅぐ・・・・・・・・・」 しかし含んで早々吐きそうになり、魂を持っていかれそうになりながらも口の中にあるモノだけは必死に飲み込んで、静かな仕草でカップを受け皿に戻す。 そして、口元を抑えないように我慢しながら、脂汗の滲む引きつった笑いで問うたのだ。 「失礼ですが、何を入れられましたか・・・・・・・?」 するとアンディはコーヒーカップから口を離し、しばし考える風に宙を見据えてから数々のコーヒー豆の種類を並べていき、最後に 「それと、ニガヨモギ、かな・・・・・・」 と言ったのである。 「ニガヨ・・・・・・・・・ヨ、ヨモギ(草)・・・・・?」 「あぁ、流石にコーヒー(豆)に草は邪道だったみたいだねぇ」 と暢気に言っているアンディに、キラは何故か気が遠くなった。 いや、邪道って・・・・いや、邪道ですけど・・・・・・・・道を説くならば、なんでそんなん調合する気になったんですか・・・・・!? と内心で激しく突っ込みながら、「こういうゴーイングマイウェーさが仮面と似てるんだよコーヒーマニアめ・・・・・・!」と憎々しげに呟いていると、不意に部屋のドアがノックされたのである。 なんだ? と思いつつアンディに視線を送ると、彼はおどけたように片目を瞑り、「入れ」と言ったのだ。 個人的には、最低限人と会うつもりは無かったんだけどな・・・・とあくまで内心だけで嘆息し、キラはドアから入ってきた人物へと視線を移したのだった。 そして、そこにいた人物を認識すると同時に、顔の筋肉がぴきりと固まったのを感じた。 「紹介しよう、少年。彼の名はマーチン・ダコスタ。俺の補佐官でな、多分俺よりもこいつに・・・・・・・? ・・・・・なんだね、二人とも。」 ドアから入ってきた、赤毛によく肌の焼けた生粋のバナティーヤ人らしい彼は、キラを見るなり口を呆けたように開けて、彼をじっと見ていたのだ。 キラも口は閉じているものの、僅かに顔が強張り、青くなっているのに気付き、アンディは途中で言葉を切って怪訝そうに眉を寄せた。 するとダコスタははっと我に返り、徐々に顔に笑みを浮かべていき、嬉しそうに言ったのである。 「大きくなったね! キラ・ヤマト君!!!」 うっわ、フルネーム呼ばれちゃったし。 嬉しそうにそう言ったダコスタと、驚いたように目を見開いているアンディを見て、キラは激しい頭痛を感じたのだった。 そして、運の悪いことに先ほど呑んだコーヒーもどきが胃で反乱を起こしたせいで、キラの世界は完全に暗転してしまったのである。 ―――――マーチン・ダコスタ。 確か数年前はバナティーヤの外交官という地位に立っていたはずの彼。 13歳までキラも一応外交官という肩書きを持っていた為、ダコスタとは何度か会ったことがあるのだ。 しかも、はぐらかす前に情けなくも意識を失ってしまい、たぶんダコスタはアンディにキラの身分をばらしてしまったことだろう。 情けない思いをしながらゆっくり目を開くと、今キラは天蓋付きの柔らかいベットに寝かされていることに気付いた。 そのままゆっくり視線を横に移すと、そこにはニヤニヤ笑っているアンディと、甲斐甲斐しく世話を焼きたがっているアイシャ、それに申し訳なさそうに此方を見るダコスタが。 ちょうど冷たいタオルをアイシャによって額に乗せられながら、キラは静かに言った。 「・・・・・・・・・・・お見苦しいところをお見せして、申し訳あ・・・・」 しかし、謝罪の言葉を最後まで言い終わることは、アイシャの指がキラの唇に乗せられた事によって阻まれてしまったのだ。 問うような視線を送ると、アイシャは母のように優しい表情で、静かに言う。 「アナタ、過労デスって。食事も碌に取っテないっテお医者サン言ってたワよ? そのまま休んでなサイな。」 訛りののこる口調で言われて、キラは僅かに苦笑したあと、しずかに首を振った。 しかしそれさえも、今度はアンディによって阻まれてしまった。 「お前さん、一番最後に取った食事を言ってみろ。」 それに困惑しながら、キラは眉根を寄せて考えてみる。 ・・・・・・・・・・・・・だが、思い出せない。というより、 「僕、いつご飯食べましたっけ・・・・・・・・?」 な状態である。 少なくともプロヴィデンス城を出てからは食べていない気がする。 何気に気のきくクルーゼが携帯食料を渡してくれたのだが、なんだか食欲が無くて手をつけなかったのだ。 ぽややん、と体調が悪いせいで天然丸出しでそう呟くと、キラを見守っていた人物達は一斉に内心で叫んでしまったのだった。 『『『こ、この子は放って置いちゃいけない・・・・・・・・・!!!』』』 と。再び言うが、体調が悪いせいで各々が出会った頃より何倍も幼く見えるキラは、やけに大人たちの庇護欲を誘うのがある。 なにやら衝撃を受けている大人たちを不思議そうに見ながら、キラはアイシャに代わって枕もとに腰をおろしたアンディが言う言葉に、耳を傾けたのだった。 「キラ、君は少し、気負いすぎじゃぁないか?」 不意に真剣にそう問われ、キラは僅かに動揺しながら否定の言葉を吐いた。 しかも何気に本名を呼ばれていることに内心で情けない笑いを浮かべながら。 しかしアンディはそんなキラの内心など気にせず、「いや、そうだろう。」と確信を持って返すのだ。 「僕が思うに、君は根を詰めすぎている。たまには“紫鬼”としての仕事を忘れ、息抜きをしたらどうだ。」 まだ会って半日と経っていないのに、何故そんなことが分かるのだ、と内心で突っ込んだが、何だか喧嘩腰になりそうだったので、とりあえず無難に「息抜き・・・・ですか?」と返すと、アンディは大きく頷いてから、一変して陽気に笑って言ったのだ。 「ちなみに僕の息抜きは、アイシャと一緒にいることと、コーヒーのブレンドと、ダコスタ君苛めさ!!」 『苛めさ!!』って・・・・・・・う〜わぁ、可哀相・・・・・・・。 しかしダコスタも薄々感づいていたのか、ふっ、と哀愁漂う笑いを浮かべただけで、特に何を言うでもない。 キラはそんなダコスタに同情の眼差しを向けると、不意にアイシャが何かを言いたそうにこちらを見ていることに気付き、視線で問うてみた。 するとアイシャも一転して瞳を輝かせ、「私の息抜きハ・・・・!」と語り出したのである。 「私の息抜きハ、可愛い子で遊ぶコト! キラ君、アナタちょっとじょそ「嫌です」」 何故世の女性ってこんな・・・・・・と涙ながらに呟き、キラは内心で「とっととこの国から出ることが、僕の息抜きになるかもしれません・・・・・」と呟いたのだった。 が、そんな内心の言葉が彼らに届くはずも無く、キラはその後またもや一週間、王族である彼らに遊ばれる運命となったのだとか。 (あとがき) 憐れ・・・・・。 空腹時にコーヒー飲むと吐きそうになります、私。 そして本編でのシン苛めですが・・・・・。実は起源はここにあり。(笑 漸くキラの一時弱った人格が、色々と際どい人たちのせいでねじられて強く固まってきました。 うん、こうして出来上がったのが“アノ”キラ様です。(ぇ |
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