事の起こりはアスランからの命の帰り道。山賊がよく出没するという山道で女性の悲鳴が聞こえたことから。 無我夢中で駆けつけると一人の少女が山賊に囲まれていた。山賊の背中越しに見えた赤い髪が自分の見知ったものと重なってしまい、気づかないうちに苦無を取り出して背中へと投げつけた。倒れた男の隙間を通り、キラは少女の隣に立った。 目を閉じてというと少女は素直に従ってくれた。本当に素直でよかった。キラは鋼糸を取り出すと何気ない一振りですべて切り倒していた。 そして、また襲われることがないようにと送っていったのが間違いだった。とある旅団の護衛を頼まれた上に・・・ 戦乙女と曲芸団 軽快なリズムを刻みながら馬車は道を進む。所々にある石に車輪がぶつかり乗っているものすべてが何度か飛び上がった。そんな悪条件の中、ひとつの攻防戦が繰り広げられていた。 「そろそろ観念したらどうですか?」 「無理。」 「別に死ぬわけじゃないですから。」 「そんなにいやですか?」 「嫌ですよ!!女装なんて!!」 え〜と女性たちの非難をキラは無言で受け止めていた。 言い返したら(たぶん)三倍返しだ。それにしてもこの世界の女性はなぜこんなにも女装をさせたがるのだろうか? 確かに女装をしていたときに言い寄ってきた男は星の数ほど。自分でも美人だと自負している。(ヤケクソだ。)だが、それでどうだというのだ。嬉しいわけがない。 「まだてこずってるの?」 そう言って団長のタリア・グラディスは荷車を覗き込んだ。隣にいた御者代わりのヒルダ・ハーケンも一瞬こちらを見たがすぐにもどり、シホ・ハーネンフースにいたっては完全無視だ。 タリアはため息混じりに、しかし熱い眼差しでもう一度説明し始めた。 「私たちは女だけで構成された曲芸団。それを誇りとしているわ。そこにメイリンの命の恩人とはいえ男がいるのは恥以外の何者でもないの。それとも私たちを守るという約束を破るのかしら?」 ・・・何故か某国の女傑と気が合いそうだと思ったのは別の話。 「わかりました。」 キラの一言で舞姫ホーク姉妹ことルナマリアとメイリン、楽師のアビー・ウィンザーの目がギラリと光った。煌びやかな衣装の数々、色とりどりの化粧品類、輝く貴金属の山々。どこから出してきたのかそれらを抱きかかえながら彼女たちは笑っていた。 夜になって一団はテントの中で野宿となった。女ばかりの曲芸団ではあるが忍がいなくてもよい気がそれはもう溢れるほどする。なにせ彼女たちは番犬代わりに猛獣ショーに使うトラ(二匹)を放しているのだ。盗賊よりも、むしろこの一団のほうが危ないのではないだろうか。 実はキラはこの曲芸団を知っていた。もちろんこのメンバーではない前メンバーのだが。幼い頃、城を抜け出したアスラン・ラクスと共に見たことがあるのだ。その後、城を抜け出したことで三人とも奥方・レノアにこってりと怒られ、ラクスは歌う楽しみを知った。 そんな思い出のある旅団なので何とかしたいと思ったのだが、まさかこんなことになろうとは思いもしなかった。 スカートのおかげで足を通る風に寒気を感じながら木の枝にとまる。光る目を布で覆い隠して気配に集中した。トラが放し飼いされているようなところにわざわざ来る馬鹿はいないと思っていたが、気配が二つこちらに近づいていることに気づいた。 そして漂う薬の香り。 キラは布を口元に下げた。闇夜で光る瞳は自分の居場所を明らかにしてしまうので不利なのだが、そんなことは言っていられなかった。こんなものを使うとは即ち忍だ。 ひとつの影がタリアのいるテントに手をかけたのでキラは背後から苦無を突きつけた。 「何者だ。何が狙いだ。」 「げっ!」 銀髪の男は凍ったように静止した。 「紫鬼だな。」 別の男の声がキラの背後からした。苦無はそのままに振り返るとそこには特徴的なオレンジの色眼鏡と青龍刀を持った男が立っていた。 「へぇ、珍しい人じゃないですか。まさか、あのサーペントテールの劾さんだなんて。」 「そうだ。」 サーペントテールとは国家付きの忍ではなく、報酬を払って雇う忍集団である。内容の選り好みはするが、一度引き受けた仕事は必ず成功させることで有名である。その集団の頭領がこの叢雲劾である。 「なんとかしてくれよ、劾。」 軽く存在を忘れかけていた銀髪が助けを求めるが、劾は動こうとしない。軽く手前に刀を振り下ろしてやめただけだ。 「鋼糸か。」 チィッとキラは舌打ちした。仲間を助けるために近づいた途端、体を裂くべく張られた不可視の罠は見破られた。 流石というべきか。 本来ならば持ち歩く忍具もこの無駄に飾り気の多い衣装のせいでこれだけしかもっていない上、動きにくい。しかも数も不利。表面は冷静を装っているが内面はこれ以上ないほど焦っていた。 「引くぞ。イライジャ。」 「わかった。だからさ、そっちも引いてくれない。」 とりあえず危機は脱した。 仕方ないように苦無をおろすと、イライジャはサンキュといって劾共々山に消えていった。 思ったよりもこの護衛は厳しいものになりそうだ。 |
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