皆何だか落ち着かない。


子供らしくない仕草でため息を吐きながら、カイルはそう思った。

今日は父兄参観の当日だ。だからこのクラスメート達の反応も、当然と言えるだろう。

何せ、わざわざ父兄が学校まで来てくれる事自体が嬉しいし、第三者に大好きな両親を自慢できる場があることも、嬉しいらしいから。


「なぁ、あれ、俺の父さん!」

「え、どの人?」

「わぁ、すごいね、君のお父さん!!」


どこかから聞こえてきた会話に、カイルはなんとなくそちらに視線をやった。

そして彼らが見つめる先にも視線を向け、小さく一言。


「・・・・・・・・・・・アームストロング中佐かシグさんの方がよっぽど・・・・・。」


視線の先にいる、学校という場所には少々不似合いな筋肉隆々の男を見ても、カイルは何の感動も抱かない。

よっぽど上質で実践的な筋肉を持つ上、中身もナイスガイ★な紳士を知ってしまっているからだ。


そんなことを思っていると、今度は隣で同じような会話が聞こえてきた。


「あ、父さん来た!!」

「今入ってきた人? きゃぁ、すっごくカッコいい!! ねぇ、お父さんの趣味とか、好みとか教えて!!」


餓鬼が何を色気づいてやがる・・・・と内心でクラスメートの女子(=同い年)に突っ込みながら、また彼らの視線の先に目を向けると、まぁ確かに美形の部類に入りそうな男性が居る。


「・・・・・・・・・・・・・ロイの方がよっぽど・・・・・・」


美形には美形だが、奴には気品もなければ程よい筋肉もない。なんとなく頭が悪そうにも見えるのだが、気のせいだろうか。

反して漂う気品もあれば非常に見目もよく、大総統昇格も遠くないとまで囁かれるほどに有能な上、軍人だから程よく筋肉も着いている戸籍上の父を思い出す。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


思い出してから少し後悔した。何だか泣きそう。


鼻の奥が熱くなるのを我慢し、それを隠すかのようにカイルは机に突っ伏す。


しばらくそうしていると、今度は前の席の女子が、きゃあきゃあ騒ぎ始めた。


「ねぇあの人! すっごく綺麗!」

「本当だ。誰のお母さんかな?」

「えぇ〜? そんな事無いよぉ。だって私のお母さんだし。」


そんな事を言っているが、声からは自慢げな響きがはっきりと聞き取れる。


何だか悔しい。どんな女性だって、絶対エドより綺麗だなんてありえない。


「俺の父さんの方がよっぽど綺麗だ・・・・・!」


机に突っ伏したまま、今度は見もせずにそう言った。


すると、何故か不自然に彼女達の会話が止まる。


もしや、今の声が聞こえてしまったのだろうか・・・・・。と気まずい気分になりながらも、このまま突っ伏しているのは礼儀に反するので、謝るために顔を上げた。


しかし、彼女達はカイルの方を見てなんかいなかった。というか今更気づいたが、彼女達の会話所か、クラスメートたちの声も、後ろで雑談していた父兄たちの声すらも聞こえなくなっている。


何事だ・・・・? と前にいたクラスメートたちの視線を追おうとしたが、何かが壁になって見ることが適わない。

すぐに壁の正体がベージュのスーツを纏った人の体だとわかり、なんとなくゆっくりとその人が誰なのか確認しようとした。


かなり近くにいるが、自分の知り合いが来るはずでもないし、何でこんな至近距離にいるんだ・・・・?


その疑問は、壁となっていた人物の顔を見た途端、氷解する。


「え、え、え、え・・・・・・・・・!?」

「やっと気づいてくれたな。少し寂しかったぞ?」


穏やかに笑いながらそう言った彼女は、絶世の美女といっても差し支えないだろう。それを証明するかのように、この場に居る全員が息を殺して彼女に見入っている。

しかし、違和感はないが・・・・・・いや、別の意味での違和感があった。


「ええええええエド!!?」

「ん? どうした?」


にっこり、いや、ニヤリという擬音が着きそうなほど深い笑みを浮かべている彼女を見、カイルは叫びそうになった疑問を寸でのところで引っ込めた。

とにかく彼女は有名人なのだ。こんな公共施設で名前を出すのは憚られるし、今その奇異さを突っ込むのも、彼女の為によくないと思っての行動だった。


パニックを起こしながらも、どこかで冷静にそう判断し終えた頃には、驚きの衝撃も若干弱まってきた。


そして、冷えてきた頭で思う。

今会話を交わした人は、紛れも無く義父であるエドワード・エルリック(♂)のはずだ。

しかし今目の前にいる彼女は、どこからどう見たって女性。肩幅がいつもより明らかに狭い上丸いのだ、絶対ただの女装なんぞではないだろう。


確かに、いるはずのない人物の登場に驚きはしたが、今はそっちの奇異さに驚きだ。

けれどやはり口に出して疑問を ぶつけるのは憚られ、結局カイルは全く関係の無いことを口にしたのだった。


「・・・・・・・エド・・・・今日は何か一段とキラキラしてるね・・・。」

「あ? あぁ、パールパウダーとか言うのを目元に付けられたからな。」


そう言う意味ではない。

しかし鈍感なのか、それともどこか頭のネジが外れているせいなのかはわからないが、エドは意味の違いに気づかなかった。


しかし始業のベルが鳴ると、彼女はいつも通りの優しげな笑いを浮かべ、くしゃりとカイルの頭を撫でて言った。


「ちゃんと見ててやるから、頑張れよ。」


どうしようも無く嬉しくなって、少しだけ涙が滲んだ。



父兄参観3





授業が始まれば、それまでエドに纏わりついていた視線も、徐々に外れていった。

子供達は授業に集中し、大人たちはそんな子供達に集中する。


エドもまた、その大人たちの一人だった。


カイルは、傍目には解らないだろうが、今随分とはしゃいでいるようだ。

当然だ、幾ら年齢よりも大人びいていると言っても、彼はまだ十にも満たない子供である。

ましてや一度諦めて、授業参観があると告げもしなかった親の登場だ。驚きも大きいだろうが、喜びも一層大きいはず。


それを表すように、彼は年相応な様子で積極的に手を上げ、発表し終えるとちらりと視線をエドに送った。

すぐさまよくやった、とばかりに微笑めば、カイルは嬉しそうに笑い返して前に向き直るのだ。

その息子の微笑ましい姿にもれる微笑を気にせず、エドは飽きずに彼を見続けていたのだった。




それから何十分経った頃だろうか。何せ楽しいことほど時間が早く過ぎてしまうので、よくわからない。

けれど途中から音も無く教室に入り、エドの横で立ち止まった存在に気づく。なんとなく気になって、エドは無意識にそちらへ視線をやった。


そこには、年の割にがっしりとした体型の老紳士が、子供達の方を見て立っている。

知らない顔だ。持っている杖に掘り込まれた家紋らしき物も、エドの知るものではない。

なのに妙な既視感を受け、思わず彼を凝視してしまった。


すると、当然と言うべきか、視線に気づいたらしいその老紳士と目が合ってしまう。白髪を持つ外見とは少しだけ違和感のある、濁りの無い瞳と。

しかし次の瞬間、エドは驚きと共に悟ったのだ。


「・・・・・・・・あんた、こんな所で何してんだよ。」

「君と同じさ。息子の授業参観だ。」


顎に手を当てて自身ありげに答えた声は、随分と若い上馴れ馴れしい。しかも、それはかなり聞きなれたモノである。

男の正体を思い、何故か眩暈がしだした頭を抑え、エドは続けて問うた。


「・・・・・・・仕事は。」

「それも君と同じだ。ホークアイ中佐が便宜を図ってくれてね。」

「・・・・・・・・・・じゃぁ、その姿は?」

「・・・・・・・・・・・・アームストロング中佐に、協力を願ってみたのだ。」

「・・・・・なるほど。」

彼に変装を施してくれたという巨漢を思い出し、何故か二人の額に汗が流れた。


そう、この老紳士は仮の姿。限りなくクオリティーの高い変装をしていたのだ。そして本来の姿はめちゃくちゃお馴染みの上司、名をロイ・マスタングと言う。


「別にいいんだけどさ。何で俺らそろってこんな・・・・・・仮装とかしてるんだろうな。」


何だか急に虚しくなってきた。そう言ったエドに、しかしロイは楽しげに答える。


「愛する息子と市民のためだ。気にするんじゃない。むしろずっとその格好でいたまえ。」


最後のは、あえて女装・・・いや、女体化? と言わなかった彼をからかう為の言葉だ。

どうせ子供のようにはしゃいで、向こう見ずに行った練成の結果だろうが、エドにも漸く理性が戻ってきたらしい。

額に血管を浮かび上がらせて、笑っている。正直言ってかなり怖い。


しかし実は、人知れず「そうだな〜、ずっとこのままでいてもいいかもな★」とか言われなかったことに安堵するロイなのであった。


一方エドは本気で、この隣にいる老紳士をぶん殴ってやろうかと思った。むしあれもセクハラの一種だったといえば、他の夫人たちも協力してくれるかもしれない。


しかし授業中の教室で叫ぶ訳にも暴力をふるう訳にもいかず、エドはわなわなとおののく拳を抑え、必死で耐えていたのだった。


そして粗方怒りを納めたところで、エドは再びカイルに集中しようとした。本来の目的はそちらだ。ロイにばかり構っていたらカイルが拗ねてしまう。

気分はやはり親ばかだ。ロイがそんな自分を見て苦笑していたが、もはや気にしない。


しかし突如ガラリ、と音高々に前の方のドアから入ってきた存在に、彼らは瞬時に軍人としての顔を取り戻したのだった。

非常識な男は、驚いたような顔をしている教師を綺麗に無視し、つかつかと生徒達の使っている机の隙間を縫うようにして歩いていく。

驚いたことに、男の手には鋭利なナイフが剥き出しのまま握られ、腰には手榴弾や銃が括り付けられていた。


それを認識したのは、現役軍人である二人がもっとも早かっただろう。

両手を合わせる音と、指をこすり合わせる音がほぼ同時に狭い教室で響いた。


しかし、予想外の出来事が二つ同時に起きたのだ。


「こいつの命が欲しければ言うことを聞け!! 俺は反政府組織「紅の鹿」だ!!」


「「・・・・・・・・カイル・・・・!」」


どこかで聞いた名だな、とどこかで思いつつ、老紳士と美女の焦ったような声が重なったのだった。









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