『古より昔

緑豊かな大地には、様々な生命が共存していた。

そのうちの一つ、

生けとし生けるもの全ての長と言うべき種。

 彼らは、

大空を自由に泳ぐべく翼を持ち、

鋭き牙、爪、

何物も通さぬ鋼鉄の鱗を持っていた。

 彼らは知の種であり、

力の種でもある。

 だがやがて、

彼らの種はヒトに取り込まれ、

やがては一つ残らず消え去るべし運命さだめにあり。』





―――カキン、カキンと、赤い炎の舞う狭い基地の通路で、金属のぶつかり合う高い音が数えきれないほど多く響いていた。



活躍13





 右から来る剣戟は、槍を回転させて柄尻で払い落とし、その勢いのまま、回転を続けつつも軌道を少しずらし、すかさず自らのがら空きとなった左を狙うもう一方の刃を槍の刃で止める。

 エドは、防御されてしまった二つの切っ先を引っ込めようとする相手の動きの前に、近づいていた腹に蹴りを埋め込んだ。


それによって少しよろめき、後方に下がった体に、すかさず槍もお見舞いしてやろうとしたが、それはすぐに交差した二つの剣によって動きを止められてしまう。

 そしてルグラは二つの剣でエドの槍を挟んだような状態のまま刃を走らせ、エドに素早く接近してきた。

 だが至近距離に近づかれる前に、エドはどうにも動かなくなった槍を手放し、後方に飛びがてら両手を合わせてからバク転し、地面に両手をつけて新たに剣を作り出した。

体が逆さになっているうちにしっかりとその剣を掴み、両の足を地面につけると共に襲ってくる相手の剣戟を、左から右と体ごと回転させるという、遠心力を使った最小限の動きで退ける。

 そして、それによって剣先が相手よりそれてしまったので、体勢を整えるために後ろに下がらざる負えなくなってしまったルグラを見、エドもそのまま相手に向かって行ったりはせずに、距離を取るために自らも後方にとび去り、剣先をルグラにひたとあわせたまま、動きを止めた。


そして、ニヤリと笑って言う。


「あんた、強いな。」

と。ルグラはそれに唇の端をゆがめるだけで返し、先程から疑問に思っていたことを口にした。

「お前、何者だよ」

と、長期戦を繰り広げていたせいで荒くなった息の下で、自らとは全く異なり、息一つ乱さず、汗一つかいていない少年を睨むように見、言ったのだった。


 やはり当初の予定通り、少年はただ者ではなかった。隙など皆無に等しく、名実共に歴戦と言える自分に、何処か余裕さえ見せて立ち回る子供。

加え、錬成陣無しの錬成と、そのスピード、正確さ、多種多様さ。

 普通の軍人と言われて、誰が納得しようか。


ごまかしなど許さない、とでも言いたげなルグラの目を見、エドは一つ苦笑をこぼし、正直に名乗る事にする。

「国家錬金術師、エドワード・エルリック。よろしく」

と。それを聞き、ルグラは驚きを隠せなかった。

「・・・鋼の錬金術師・・・!?」

最年少国家錬金術師とは聞いていたが、噂に聞く戦歴や、彼によってこうむった自軍の被害を考えれば、きっとすでに成人しているものだと思っていたのだが。

まさかこんなに幼いともいえるものに、自軍の半数が消費されてしまったのか。

そう思うと、驚きと共に恐怖までもが湧き出てくる。


 そして思い出す。先程の、目の前の少年が起こした奇妙な出来事を。


その事実に、もう一度口の中で「化け物」と呟いて、今度こそ骨も残さず焼き尽くしてやる、と決意し、ルグラは視線をエドから彼の隣に燃え盛る炎へと移した。

 そして、またエドに視線を戻し、一言。


「今度こそ燃え尽きろ!!!」


その言葉と共に炎をまた、エドの体に抱きつかせたのだった。


が。

「誰が二度も同じ手にひっかかるか!」

というエドの声と、もはや聞きたくも無い、両手を合わせる高い音が響いた。


次の瞬間、エドの周りにあった炎は霧散し、その代わり宙に浮いていたのは、エドの姿を霞めさせるほどの、濃い霧状の水滴であった。


 それを信じられないものを見るかのように見、ルグラは数瞬考えたあと、怒鳴るように言葉を発した。

「お前!何なんだよいったい!!?だいたい、等価交換の法則は何処に行った!!?どこにそんな水分がある!!?」

と、少々場にそぐわないが、錬金術師としては最もな意見を。

確かに、人一人を覆うほどの炎を一瞬で消し、しかも今も尚少年の周りに滞空するほどの大量の水分、この炎の海と化している基地の、何処にあるというのだろうか。

だがエドはそれを説明する事など七面倒臭いとでも言いたげに眉を顰め、それでも一応答えるだけ答えてやる事にする。

「俺に等価交換なんてモン、当て嵌まらねぇんだよ。・・・というか、あんたこそ錬金術師・・・・でもない・・・・ 癖に、そんなこと言ってんじゃねぇよ。」


と、話題転換も忘れずに。

「な・・・!?」

自らの言葉に二の句を失っているルグラを見、一瞬驚きで隙だらけになった彼に、だがエドはその隙を突こうとはしなかった。


先程から、うるさいほどの警告を「世界」から受けていたためだ。



『い け な い』

『その者は殺してはならん』

『我等が愛し子、汝に新たなる使命を』

『エド、なりません。彼は―――・・・』



常ならばリーフという“個体”から受け取る世界の総意たる指令。
だが今は、頭痛がしてくるほどの多くの情報と、分裂した「世界」の意思を送ってくる。


それが、「世界」自体もこの状況に困惑している、と言うことを意味するのは、察するに難くない。


 そんなこともあるのか、と妙なところで納得しつつ、とにかく「世界」は、この目の前の男を殺す事を許してはくれないらしいことだけは理解できる。


エドはルグラの「何故わかった!?」という疑問の声に、「錬成陣を使ってねぇだろ」と返しながら、声には出さずにリーフの名を呼んでいた。

 すかさず、「お前だって使ってないだろうが!!」と返される言葉に、もはや無意識に「俺とあんたじゃ種類が違うだろうが。あんたのは、生まれ持った才能の、炎を操る“能力”。俺のは色々やって得た“結果”。」と言い、続けて「ちょっと黙ってろ!」という言葉と共に、炎のまだ回っていない床に、ルグラの体を錬金術で拘束した。



『リーフ』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・申し訳ありません、私たちも困惑していて・・・』

『いや、別にいいけど。それで、俺は具体的に何をすればいいんだ?』

男の素性はわかったが、世界が混乱しているせいで、疑問に思っても供給されない知識に早々に見切りをつけ、エドはリーフに直接聞く事にしたのだ。


すると、リーフから「言葉」で伝えられる方法。

それに眉を顰め、エドは床に縛り付けられ、いまだに騒いでいるルグラに、どんどん近づいていった。

「・・・・・・俺に会っちまったのが、あんたの運のつきだ。」

そう言って、こちらを睨んでくる男の頭の隣に跪いた。

 そして、懲りずに炎をエドに向けようと視線を動かしたルグラの先手を打ち、手のひらでその視界を覆ってしまう。


そして、すぐにその手を引っ込めると同時に両手を合わせ、ささやくように言ったのだった。

「いっぱい、子供を作れ。それがあんたの使命だ。」

と。全く場にそぐわない、16の少年が呟くものとは思えない言葉を。

 そして、こちらをあっけに取られたように見る男の視界を遮るように、もう一度目の上を手のひらで覆ったのだった。


「ぐ、ぁぁぁぁああああああああああああああああああああ・・・・・・!!!」

途端に、光る錬成光と、響く男の悲鳴が辺りを満たした。





光も悲鳴も止み、拘束を解いても力なく寝転がる男を痛ましげに見、エドはため息をこぼし、先程の出来事を思い出していた。



 まず、ルグラに焼かれ、蘇生した途端にエドがしたのは、自分を殺した男の情報収集だ。

―――コルジェ・ルグラ。生まれ持った炎を操る才能を、錬金術と偽り、国家付き錬金術師となった男。

 軍人としての能力はひじょうに優秀。知に長け、武に長けていた。

それらの才能全て、自らの生まれに起因するとは知らずに。


その時は、エドもそこまでは知らなかった。

ただ、剣が使えて、炎を操る力があり、強い・・・。それだけしか、知らなかったのだ。

だが、どこか自分の上司に似通った性質を持っていたため、手合わせしてみようか、という、半ば好奇心のようなもので男と戦闘行為を繰り広げようとしていたのだ。

だが、「殺す」という意図をもって槍を構えたその瞬間。


『い け な い』

という、「世界」からの咎めの声がエドに降ってきたのだ。

そして、それがスイッチになったかのように、次々と送られる情報。

 それを解しながらルグラと戦うのは、実は少々骨が折れる事だったのだが、それはこの際全く関係がないので黙っておく。

 そして、どんどんと明るみになっていく事実。


極めつけは、リーフの声によって示された単語。


『エド、なりません。彼は―――・・・』


“竜種”、最後の生き残りです・・・。


という、今までの一般常識からは想像できない、だが紛れも無い事実。

 エドはその時初めて竜が実在した事を知ったが、「世界」が言うからにはそうなんだろう、と無理やり納得し、「かの種を保護しろ」という抽象的な指令を受けたのだった。

そしてその後、リーフから聞いたその具体的な内容は、あまり進んでやりたい内容のものではなかった。

曰く、

『彼に死なれる訳にはいかないのです。竜種は元より長命種。人の血で薄れてしまいましたが、確実にその遺伝子の中に竜としての情報が組み込まれているはずです。それを、無理やり彼の細胞に干渉して引き出してください。・・・生き長らえるならば、どのような反動があっても、構いません。』

という、無慈悲で、何処か自分の境遇に似た運命。


つまり、一族を増やすため、子をたくさんもうけてもらうために、永らく生きる事を強制しようとしているのだ。世界は。


 そしてエドは、「世界の手足」として、それに逆らう術などもっていなかった。


結果、細胞の異変に苦しみ叫ぶ男を、人から竜へと変化させたのだった。



 苦しい。



わかってはいたはずだが、二度目の仕事もまた、気持ちの良くない物であった。








(あとがき)
すごいことになりましたね・・・。
 でも、概ねこれでルグラさんの登場は終わり。
また出てきますけどね。

ちなみに、こんなに話のスケールがでかくなってしまうのも今回に限り。
(いろんな意味で)安心したってください。



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