我が家の玄関にたどり着くと、何処からか食欲を誘ういい匂いがしてきた。
家の中にはやはり、慣れ親しんだ少女の気配がする。優しくて、暖かな気配が。
こんな日常 3
今日の夕飯は、やはりキラの好物であるオムライスだろうか。ラクスが作る料理は何だって美味しいから、そうでなくても勿論嬉しい。
けどやっぱりオムライスだともっと嬉しいかなぁ、などとほのぼのしつつ玄関のドアを開くと、より強い香りがキラの食欲を刺激した。
自然に浮かんでくる微笑を引っ込めようともせず、彼はいつも通り「ただいま」と言う。
すると真っ先に飛んでくるのは、今や妹同然となった金髪の少女。
見た目からはドタドタという足音が聞こえてきても不思議ではないのに、全く足音が聞こえないのは流石である。
「キラ! お帰り!!」
「ただいま」
言いながら頭を撫でてやると、彼女―ステラは嬉しそうに目を細めて、その動きを感受していた。いつもの事ながら、猫であったらゴロゴロと咽が鳴ってそうな懐きようだ。
そのままの状態で、しばらくしてから二人一緒に居間の方へ進んで行く。居間と廊下を隔てるドアを開けると、更に匂いが強くなった。
そしてキラは何よりも先に、居間と繋がっているキッチンに立つ人物へと視線を向けたのだった。
「・・・・・・・・おかえりなさい」
エプロンをして、いつもは下ろしている髪を簡素に結んでいる姿は、今ではもう随分と見慣れた物だ。
しかし見る度何故か幸せな気分になって、キラはにこにこ笑いながら彼女の方へと歩み寄った。
「ただいま。」
言うと同時にラクスの頬にキスを送る。
「まぁ」
わずかに頬を染めて、キラの唇が触れた方の頬を抑えるラクスは、何とも可愛らしい。
しかし確かにキラの行動に驚きはした彼女だが、すぐにクスクスと、何処か嬉しそうに笑い出したのだ。
そしてキラもそれを見て、更に笑みを深める。見るからに、二人ともすごく幸せそうだった。
ちなみに。そこでは既に二人の世界が形成されていたが、一緒に居間に入ってきたステラは全く気にしていない。既に慣れているようだ。
しかし居間にはもう一人、その二人を見ている人物がいたのである。
「・・・・・・・・お帰りなさい、兄さん」
どこか不服そうにそう言ったのは、金髪碧眼の美少年。キラの弟、レイであった。
キラは穏やかな様子で振り向いて、レイに微笑みかけた。
それから一端ラクスと離れ、彼の前で立ち止まって片手を持ち上げたのである。
「ただいま。」
持ち上げられた手は、当然のようにレイの頭に収まった。レイはそれに「子ども扱いしないで下さい」と不服そうだが、乗せられた手を振り払う事もせず、何より顔が嬉しそうだ。
そう、友人であるシンが今の彼を見たとしたら、必ずや自分の目を疑うだろうと思わせるくらい、レイは兄の前でだけは無防備だった。
幼馴染であるアスランに言わせれば、それをブラコンというらしいが。別に可愛いからいいじゃないかとキラもラクスも思っている。
帰宅時のスキンシップも終わり、どうやらキラが帰ってくる前からしていたらしい、ステラとレイの勉強会が再開される。彼らは自分の部屋を持っているが、大抵こうして居間で一緒に宿題を片付けるのだ。
キラはしばらくの間それをほのぼのとした気分で見守ってから、徐にラクスに向き直って言った。
「それにしても驚いたなぁ。家に来てくれるなら一緒に帰ってくればよかったのに。何で言ってくれなかったの?」
咎めるような口調だが、その目は完全に笑っている。
「そんな事をおっしゃって。あなたが気づいてた事は知っていますのよ?」
そう言って、面白くなさそうに口を尖らせる彼女が、たまらなく愛しい。
くすくす笑っていると、ラクスもまた釣られたようにふわりと微笑んだ。
「ごめんね。驚かせたかった?」
「えぇ。キラの家でお夕飯を作るのは久しぶりですし、何より今日は貴方のお誕生日でしょう?」
そう言いながら、さっとキラの手元へ視線を走らせる。彼はラクスが何を探しているのかすぐに思い至り、俄かに苦笑した。
「・・・・・・玄関に置いてあるよ。」
「そうですの。」
結局、この家に帰るまでの道のりでも、多くのプレゼントを貰ってしまったのだ。
これを全部お返ししなくてはならないのだろうか・・・と流石にうんざりしてくるが、顔には出さない。そんな事をすれば女の子達が悲しんでしまう。
しかし、キラが居間まであのプレゼントの山を持って来なかったのは、それをラクスに見せたくはなかったからだ。
口では断らずに貰ってあげればいいと言っているが、彼女はキラが貰ってくるプレゼントを見る度、僅かにではあるが確かに悲しそうな顔をするのである。
当たり前だが、そんな顔をさせたい訳ではない。だからこそ、後で彼女が食器の片づけをしている時にでも、こっそり部屋に引き上げてしまおうと思っていたのだ。
今も複雑そうな顔をしているし。実はそんな風な顔をしてくれるのがちょっとだけ嬉しくも思うが。
・・・・・やっぱりいくらラクスの言葉でも、来年は受け取らずにいようと決意する。
このように、どこまでもラクス中心に世界を回しているキラであった。
突如何故か嬉しそうに笑みを深めたキラに、ラクスは怪訝そうな顔をした。
しかしキラは気にせず、先ほどから気になっていた事を問う。
「今日のお夕飯は?」
目を輝かせて、子どものようにそう問うた彼に、ラクスは再び苦笑を浮かべた。
そのような顔を見てしまえば、なにやら決意してしまったらしいキラの真意を問えないではないか。
でもそんな彼の姿がたまらなく愛しくて、彼女は意図せずに苦笑を幸せそうな笑みへと変え、答えたのだった。
「オムライスですわ。後少しで出来ますから、待っていてくださいね。」
流石はラクス。
大好物の登場に、キラもまた、意図せず幸せそうに笑った。
彼女と共に居られることが、とにかく幸せだった。
彼と共に過ごせることが、何よりもの幸福に思えた。
・・・・・・ただ漠然と、きっと死ぬまでこうしていられるのだと思った。
思った、けれど。