「お誕生日おめでとうございます。」
家族団欒で夕飯を食べ終わり、キラの自室で二人っきりになって。
スクールバックから長方形の小さな箱を取り出したラクスは、微笑みながらそう言った。
こんな日常 4
「ありがとう。開けてもいい?」
キラは無意識に微笑み返し、それを受け取る。
確認するとすぐさま快諾されたので、遠慮なく、だが丁寧に包装紙を取り除いていった。
そうして、出てきた物は。
「チョーカー?」
手の平で転がし、黒い紐と三つの石が連なって出来ているそれを吟味する。所々にシルバーも使われ、大変キラ好みのデザインだった。
ラクスは彼の手から静かにそれを取って、止め具を外しながら言う。
「常に付けてくれると嬉しいですわ。」
それから、ゆっくりと彼の細首に巻きつけ始めたのだ。
長めのチョーカーはニ連構造のせいか、デザインの割にどこか女性的で、キラによく似合っている。
目を細めてうっとりと自分を見る視線に気づいたのか、キラが笑いを含めながら問うた。
「似合う?」
「えぇ、とても。」
欲目なしに、本当に似合っていた。
するともう一度嬉しそうに「ありがとう」と言ったキラは、それから何を思ったのか楽しそうに笑い出したのだ。
「チョーカーってさ。」
「はい?」
「なんか、首輪みたいだよね。」
やはり見透かされてしまったか。ラクスは一瞬そう思った。
しかしキラに他意はなかったらしく、ただ単純にそう思ったから言ってみた、という風である。
何だか肩透かしを食らった気分になって、ラクスはそんな自分に苦笑した。
けれども気づかれないまま、というのも何だか悔しかったので、ラクスは当初の通り本音で返したのだった。
「そうですわね。」
「・・・・・・・へ?」
きょとん、と。冗談で言ったつもりの言葉を軽い調子で肯定され、キラは目を見開いて固まった。
けれどもラクスはそんな彼を楽しそうに見るだけで、それ以上何も言わない。
冗談なのかそうでないのか判断できず、キラは徐に両手を上げた。降参の合図である。
「僕に言われる前から、首輪だと思ってた。・・・・のに誕生日プレゼントにした?」
ただ単に似合うと思ったから、というのも当然あったのだろうが。それにしてもこれはお茶目な行動の結果なのだろうか。それとも天然ボケから来た行動なのだろうか。
かなりどうでもいい事で少々混乱している風のキラを見、ラクスはくすくすと笑い出す。そうだ、こんな反応を見たかったのだ。
けれど本音はもう一つあり、彼女は自分の左手をもう片方の手で包むように、胸の上で重ねた。
その行動にキラも混乱から抜け、彼女の楽しそうな微笑を凝視する。
「私には、この指輪がありますわ。」
その突然の話題に、しかしキラが首をかしげることはない。突拍子の無いことを言っても、必ず最後には元の話題に戻る事を知っているのだ。
ちなみに今も尚彼女の左薬指で輝いているのは、キラが彼女の誕生日に渡した指輪である。そしてそれは見る者にある抑止力を与えていた。
「これが、表立って私がキラの物だと言ってくれます。」
形として現れたそれを見て、何人の男子がラクスに纏わりつくのを諦めたか。
そう言うと、ぼん、と音をたててキラの頬に熱が集まった。彼は普段恥ずかしい事を平気で言うくせに、突然他人に言われるのには弱いのだ。
そしてラクスも自分の頬が少し赤くなっている事を自覚しつつ、続けて言う。
「でもキラには、表立ってキラが私の物だと言ってくれるものがありません。」
特に学校では女子生徒との関わりが多く、彼は既にラクスと付き合っているというのに、アプローチしてくる者が後を絶たない。
そこでラクスは考えた。キラにも指輪のように“所有物の印”を与えてしまえば、少しでも彼女達を抑制することが出来るのではないか、と。
普段の言動―キラがラクス以外の女子生徒からプレゼントを受け取らない、という約束を否定している―と矛盾しているかも知れないが、彼女にも独占欲という物はある。
だからこうしてキラにチョーカーを渡すことによって、ついでにそれを表してしまおうとしているのだ。
確かに“犬のように”と言ってしまえば聞こえが悪いが、チョーカーは他者の視界に入りやすく、服を着ても隠れにくい上に、その形状から“所有物”である事を主張するにはうってつけなのである。
そう言ったことには鈍いと言われるラクスですらそう思ったのだから、そこら辺のことには妙に敏い少女達だって絶対に気づく事だろう。
「あぁ、それで、『常に付けて』って言ったの?」
「はい。」
キラはラクスの思惑を全部聞き終わると、何だか笑い出したくなった。正直ちょっと顔がにやけた。
「・・・・・・・・・・・・キラ・・・。」
するとラクスがムッとしたような顔になる。
「ごめん、ごめん」
形ばかりの謝罪をしたが、それに反してキラ腹を抱えてケタケタと笑い出したのだ。
それでもしばらくは我慢していたが、次第に馬鹿にされているように感じ、ラクスは微妙に怒りを感じ始めた。
「私は本気で・・・・・!」
「あぁ違う、馬鹿にしてるんじゃないよ。」
ついに我慢ならなくなって言うと、慌てたようにキラが言い訳をする。しかし顔は笑ったままだ。
そんなんで怒りが収まるはずも無く、僅かな羞恥も助長して、自然と顔がむくれる。
キラはそんなラクスを愛しげに抱き寄せ、いまだクスクスと笑いながら言った。怒っているのに、抱き寄せられても抵抗しない事に愛を感じながら。
「笑いたくなったのは、あまりにも君が愛しかったから。僕のことを君の所有物であると言い切った事が、あまりにも嬉しかったから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言葉の綾です・・・。」
そっぽを向いたまま、可愛くない事を言う。
けれどその頬は赤く染まっていて、先ほどまでの怒りも何処へやら。瞳に安堵と羞恥を宿している彼女が、たまらなく可愛い。
末期かなぁ、もう・・・・・。
何せ何もかもが愛しくて、何もかもが可愛らしいのだ。
実はそんな風に思える自分をちょっとだけ誇らしくも思っていると、不意にキラの目が時計を視界に入れた。
「・・・・・・・ラクス、時間だ。」
このままでは、門限が過ぎてしまう。
ちなみに現在は20時を少し過ぎたところで、ラクスの門限は21時だった。
裏ルートを通れば30分ほどでつくだろうが、余裕は持たせたい。
そんな事を思いつつも、ラクスを抱きしめる腕に力を入れると、彼女は少し沈んだように声を発した。
「まぁ、もう・・・・・・?」
時間が過ぎるのは早いものだ。特に楽しいと感じている時は、より一層そう思える。
二人してちょっぴりしんみりしていたが、いつもの事な上時間が待ってはくれないので、十分感傷を噛み締めてからラクスは帰り支度を始める。
元より荷物をそう多く持ってきているわけではないので、それもすぐに終わった。
「じゃぁ、行こうか。」
「はい。」
ラクスを送るのは、キラの仕事だ。彼女がレイとステラに挨拶をしている間に、彼は車庫の方へと向かった。
目的の物は黒ボディを持つの大型二輪車。本来18歳未満は乗れないそれを、キラは今日やっと公の場で乗ることが許されるようになったのだ。
ちなみに、お世辞にも新品に見えないのはご愛嬌。何年も乗り古しているのだ、当然であろう。
そして実は色々と改造してあるのも、傍目からはわからないはず。
キラはにっこりと、満足げに笑いながらそれにキーを差し込もうとしたが、ふと思い止まった。
自分は今日、18になった。いったい何時免許を取ったのだと訊かれれば、答えられない。
「・・・・・・・・・・・・今日も歩いていくかな。」
幸い、時間に余裕はある。
ラクスと公道を走りたかったのになぁ・・・と思いながらも、彼はその場を後にしたのだった。
無音。時折聞こえるのは木々のこすれる音と、ラクスの足音だけ。キラの足音は聞こえない。
それと彼らの話し声もする。しかし二人ともそう多く語る方ではないから、それもやはり時折、だ。
けれども寂しいとか、間が持たないなどと思った事は無い。
寄り添って歩く事で互いの熱が伝わり、それだけでも酷く心地よいのだ。
キラはこの夜の散歩が好きだった。人通りは無く、静かで、風は新鮮。そして隣には暖かな存在がいる。
夜道という事で警戒を怠る事が出来ないのが難点だが・・・・と思ったところで、過度な警戒をせざるを得ない自分に苦笑した。
「キラ?」
苦笑した気配が伝わったのだろうか、キラの肩に預けていた頭を上げ、ラクスが彼を見上げたのだ。
キラはそれを見返して、微笑を浮かべる。
「・・・・・・シーゲルさんに、いつ言おうか。」
「どうしたのですか、突然?」
彼女はキラの突然の言葉に不思議そうな面持ちで問い返すが、“何を言う”かを問うことはない。そんなこと、聞くまでもないのだろう。
シーゲルはラクスの父だ。そして彼女に母はいない。幼い頃病死したそうだ。
その、彼女の父に言う事。ラクスが知り、父が・・・・それどころか、極限られた者しか知り得ない、隠された事実。
ラクスは、父の事を信頼している。けれどもそれを告げる事は、何だか怖い。
「・・・・・世の中には、知らなくていい事もありますわ。」
何も言わないキラに、しばらくしてから彼女は囁くように応えた。
再び肩にラクスの頭が乗るのを感じながら、キラは静かに目を伏せる。
ラクスの気持ちも、わかる。自分だってシーゲルに・・・既に父と慕う人へと、“自分が何の仕事をしているのか”言うのが怖い。
彼は大人で、愛娘であるラクスを愛してるからこそ、怖い。
「でも、やっぱりちゃんと知ってもらってもらいたいんだ。」
知った後、シーゲルがどのような反応をするかは検討がつかない。感受されるか否定されるか。最悪、ラクスとの仲まで否定されるかもしれないのだ。
しかしそれでも、キラは引かない。18になった事、それを踏ん切りとして次の一歩を進みたいのである。
ラクスは再び頭を上げ、キラをじっと見た。キラもまっすぐに彼女を見返す。
しばらく再度沈黙が続いたが、彼が既に心を決めているのだと認めざるを得なかったラクスが、結局根負けしたのだった。
「わかりましたわ。今度父の暇な日を聞いて参りますわね。」
「うん、お願い。」
・・・・・世の中、知らなくていいことなど山ほどある。
確かにそうだろう。
だけど知って欲しい事もまた、山ほどあって。