奪還屋とは。
言葉の意味そのままで、奪われたものを取り戻す事を仕事としている者の事のことを言う。
聞こえはいいがやる事は泥棒同然なので、勿論公に出来る仕事ではない。
しかし多くの者がその存在に頼り、自己の地位と名誉、それと財産を守っていた。
故に奪還屋の需要は多く、その員数も多い。そして“フリーダム”はその内の一人に過ぎなかった。
しかし彼の場合は不可思議な点が多くあり、また余りにも鮮やかな手腕と相まって一部で最も有名な奪還屋とされているのだ。
ちなみにその“鮮やか”と賞される仕事具合が、実際はあまり鮮やかではない事は、ぶっちゃけ本人しか知らぬ事実であった。
そんな非日常 2
今回の奪還依頼が来たのは、すでに数週間前の出来事だった。
普段依頼が来た2・3日以内には完遂させる“フリーダム”にとって、それはかなり異例な事である。
しかし当然、遂行が延びてしまった理由という物がある。
それは、ターゲットが余りにも奪還しにくい状態にあったという事。
セキュリティが強固だとか、そう言う訳ではない。むしろそれだけならば、彼は数時間としない内に依頼を完遂していただろう。
だが実際にターゲットがある場所は、昼は出入りの激しいオフィスに閉じこもり、夜は凄腕の用心棒に囲まれて寝る男の胸元。
そう、ターゲットはエメラルドで出来たネックレスであったのだ。
ところで、そのネックレスは依頼主の母の形見であった。それがある日突然、アズラエルと名乗る男に騙されて渡す羽目になってしまったのだとか。
その経緯はと言うと。突然強面のお兄さんたちが家に押し入ってきて、生前の母がした借金をそのネックレスで代替してやると言ってきたらしい。パニックを起こした依頼主はよく確認もせず、それをまんまとアズラエルに渡してしまったのだ。
しかし実際は借金などなかった。それを知った依頼主はアズラエルに詰め寄ったが、相手にされず。
結果半ば意地で“フリーダム”とのパイプを探し出し、今に至る、と。
ちなみに依頼主の名前はニコル・アマルフィー。キラの後輩であったが、依頼に当たって人を挟んでいるので、ニコルが“フリーダム”の正体に気づく事はないだろう。
自分と同世代なのに、よくもまぁ“フリーダム”にたどり着いた上依頼できたと感嘆した。次いで、どうやら彼は見ため通り優しいだけの性格ではないらしい事にも、気づいてしまった。
イザーク達が妙に彼を警戒していたのはそのせいか、と今更気づきながらも、キラは手元にある小さなモニターに視線を落としたのだった。
『お、フルハウス!』
『僕はフォーカードだもんね! 残念!!』
『・・・・・・・・・・・・・・・ストレートフラッシュ・・・・』
『『何ぃ!? ざけんなシャニー!!!』』
「・・・・・・・・・・・・・賑やかだなぁ・・・・・・・」
強力な睡眠薬を現在進行形で嗅ぎつつその元気さは褒めてやるが、それでいいのか用心棒。
・・・・・ってか僕がやったら絶対ロイヤルフラッシュが出る(イカサマ)・・・・などと思いながらも、ポーカーに興ずる用心棒の少年たちに嘆息した。
ところで、別にキラは依頼を受けてから何もしなかった訳ではない。こうして防犯カメラや、セキュリティの主導権を握り、出来るだけ自然且つ簡単にアズラエルからネックレスを奪う隙を、ここ数週間毎夜ひっそり侵入して窺っていたのだ。
お陰で、この用心棒達の強さと戦い方を理解する事が出来たが。先日返り討ちにあった同業者の姿を思い出してしまい、キラは再びため息を吐いた。
そう、どうやらアズラエルが同じような手口で奪ったのはエメラルドのネックレスだけではないらしく、キラ以外の奪還屋達も他の被害者達から依頼を受け、行動を起こしていたのだ。
けれどまだ一度も奪還を成功させた者はいない。その失敗にいたる経緯をこの数日で何度見たことか。
キラはまたため息をついた。そんな事を思いつつも、最後には自分もやる事は同じなのだし、と。
しかしいったい、彼らの体はどうなっているのだろうか。
無駄な戦闘は避けたかったため彼らのいる部屋に強力な睡眠薬をまいたのだが、前述の通り意味を為していない。
「体が薬に慣れてるんだろうね。・・・・どんな子供時代を過ごしたんだか。」
数日間徐々に薬を濃くしていったが、そろそろ一緒に居る(といっても本人は熟睡しつつ放置されている)アズラエルにとって危険な濃度になってきたので、結果本日任務決行することに決めたのだ。
それでも少しだけ「今からでも眠ってくれないかな〜」などと期待して待っていたが、やはり無意味だったようだ。
誰も居ない客間から堂々と出て、男の寝室に歩み寄る。面倒くさいので足音も消さない。
そして目的の部屋の前でとまって、とりあえず礼儀なのでノックしてみた。
「こんばんは、入りますね。」
なんで自分はこんな妙なところで律儀なのだろうか。自問しつつ自分に呆れながら、返事を待たずにドアノブを捻る。
すると当然の如く飛んできた凶器と化したトランプを軽くかわし、キラはにっこり笑ったのだ。
残念だが、この数週間で君たちの行動パターンは把握してしまったんだよ、と口の中で呟いて。
「こんばんは、皆さん。奪還屋です。」
おそらく暗視スコープのお陰で顔の半分以上は見えていないだろうが、笑った気配は伝わったらしい。一瞬何故か怯んだ様子を見せてから、こちらを指差して馬鹿にしたように笑い出した。
「何こいつ、バッカじゃねぇ!? 滅殺!!」
「面白い馬鹿が出てきたなぁ、おい!!」
「・・・・・・うざ〜い・・・・・。」
個性豊かだ。再度正直にそう思った。
「そして今回もまた、おっさんは目覚めない、と。」
「どうせまた薬かがされたんだろ? いっそ暗・殺!!」
(暗殺・・・・・?)
「うざ〜い・・・・・」
豊か過ぎる。何だか笑えてきた。むしろ緑色の髪の少年、ちょっとうざい以外の単語をしゃべってみてはくれないだろうか。
「・・・・・・・・・・・・・・、お取り込み中のところ悪いんだけど。」
「「「あぁ!?」」」
息ぴったりなガラの悪さ。この人たち何だかんだ言いつつ仲いいらしいからなぁ。などと暢気に思いながら、キラは腰にくくり付けてあったナイフを取り出して続ける。
「その人の首にかかってるネックレスが欲しいんだ。」
その言葉と同時に踏み込み、金髪の少年の前で止まる。そしてその場に居る誰もが眼で終えない速さでナイフを突きつけた。
金髪の少年は目の前に迫ったナイフに眼を瞠り、その後キラの半分しか見えない顔を見てニヤリと笑ったのだった。
「・・・・・っ、意外と手が早えぇんだな。いいぜ、相手をしてや」
「うざ〜い。」
何だか言葉に違う含みがあったのを敏感に察してしまい、キラは全ての言葉を聞く前に金髪の少年の腹に膝をめり込ましていた。
ちなみに、彼の言葉を途中で遮ったのは、緑色の髪を持つ少年の言葉ではない。
にっこり笑って彼の口癖を乗っ取ったキラの言である。
その笑顔と間延びした声、そして重々しい足技。それらの行動全てがマッチししていない。
けれども少年たちはその可笑しさに突っ込む事もできなかった。
突然乱入してきた少年は、見た目こそ細身ではある。しかし金髪の少年―オルガがさっきの一発だけで沈んでしまったのだ。外見通りの力の持ち主ではない事が窺える。
そう、彼の実力を垣間見ることが出来、軽口を叩くのは賢明ではないと悟っての行動だった。
「・・・・・・やるね、意外と。」
「意外とね。でも楽しそうじゃん? 僕も混ぜてよ!!」
・・・・・のではない、ただ単にその少女めいた顔の半分と、鮮やかな動きに見とれて言葉が出なかっただけであった。
普段はそんな事無いのだが、その意外性も相まって余計次への行動が遅れてしまったのである。
彼らのそんな言葉を聞き、キラは床に倒れた少年から少し距離を取りつつ呟く。
「意外意外うるさいよ」
顔半分隠れていても、その輪郭で顔の小奇麗さがわかるのか。こうして戦う意図をもって相手と対峙した時、必ずや言われるその言葉は、少なからずキラのコンプレックスを刺激していた。
悪かったな女顔で・・・・・!
最近では、私生活ならばそう言われることも少なくなってきたが、顔半分を隠すのが悪いのか仕事の最中によく言われるようになった。正直言ってかなり屈辱だ。
その鬱憤を晴らしてやろうと、キラは残りの少年たちをぶっ飛ばすべく再び踏み込んだのだった。
まずは緑色の髪をもつ少年。彼の武器は何と大きな鎌であった。ちなみに先程の金髪の少年の得物は拳だったが、先手必勝とばかりにすでに倒してあるので問題は無い。
銃刀法を完全に違反していると思われるそれを何処からか取り出し、少年はキラを迎え撃つべく腰を落とした。
一方キラは先程までの苛立ちも何処へやら、途端にクリアになった頭で少年に突進していく。
そして少年はキラが自分の間合いに入るや否や、その大きな鎌を水平になぎ払ったのだった。
少年は、その動作でキラの胴体に決して小さくは無い傷を負わせたと思っただろう。
しかし実際は違う。キラはこの数週間で、彼らの戦い方の弱点をしっかりは把握していたのだ。
鎌はその形状柄、威力やリーチは大きいが振りかぶりの動作まで大きくなる。その特徴を利用して、キラは少年の鎌が自分に届く寸前に後退して避け、次いで振り切られた瞬間に前進して鎌が元の位置に返るのを遮った。
更に少年に密接し、振り切られた鎌の柄をつかんで微笑みかける。
しかしその笑顔に怯えた彼が力任せにそれを戻そうとしたので、キラは仕方が無いな、とでも言いたげな表情をして柄から手を離し、再び後退したのだった。
その際、彼は不自然に身をかがめていた。しかし少年はその動作の持つ意味に気づかず、開放された鎌を元の位置に戻す。
そして。
「ぐっ・・・・・・、クロト・・・・・!!!」
次の瞬間には、二発の弾丸が少年の肩に打ち込まれていたのだ。それは、キラが身をかがめてさえいなかったら、彼の頭を突き破っていたはずの物であった。
「ちっ、避けたな? 必殺!!」
赤い髪の少年―クロトの武器はサイレンサー付きの銃だった。キラに打ち込むはずが避けられ、あまつさえそのせいで仲間を傷つけてしまったが、彼は大して気にしていない。
ただ緑色の髪を持つ少年―シャニから一端離れ、ちょこまかと銃弾を避けるキラを眼で追っていたのだ。
勿論目で追うだけでなく、銃弾も彼を追わせる。しかし一向に当たらず、思わず舌打ちしてしまった。
だがその瞬間が隙となる。キラが先程から持っていたナイフが、クロトの利き手に直撃したのだ。衝撃で銃を落としてしまったが、手がこうなった以上拾っても意味が無い。
その事実に、「慣れてやがる・・・!」と決して近いとは言えない位置からのナイフ投げやら何やらに感嘆したが、それによって自分が戦力として使えなくなったことに気づき、クロトは声を上げた。
「シャニ! 何やってんだよ!?」
本来どちらかというと援護側に立っていたクロト。オルガは既に使えないので、残りのシャニに助け(?)を求めた。
しかし返事代わりの口癖が返ってこない。不思議に思ってそちらに視線をやると、ちょうど彼は崩れ落ちるところだった。
「なっ・・・・・!」
「肩に二発も食らった人間を倒すなんて、簡単なことだよ?」
ちなみにそんな状態にしたのは君だけど、わかってる?
にっこりとそう聞いてきた彼に、思わず鳥肌が立った。
「銃が使えなくなった途端に助けを呼ぶ人間を倒すのもまた、ね。」
ほうら、簡単だ。
口元だけ穏やかに微笑んだ顔、そして同じように穏やかな口調を最後に、クロトの意識も仲間たちと同じく暗闇に沈んだのだった。
*****
キラは障害を突破し、見事アズラエルの首からネックレスを取り返した。
そして自分が倒した少年たちの前で膝をつき、ポケットを漁る。
「あぁ、あったあった。」
そう言って取り出したのは幾つかのコードと小さな機械。ある人物に提供されたそれが、偏(ひとえ)に“フリーダム”が鮮やかと賞される事を助長させていた。
キラは手際よくそれを金髪の少年の頭部に設置していき、機械にスイッチを入れた。そうして同じ事を他の少年たちにも施したのだ。
「これで、記憶の方は大丈夫だね。あとは防犯カメラを懐柔して・・・・・・」
ちなみにその機器はなんと電波による記憶の改変装置であった。それはキラとある女性によって作られ、実際に見事な成果を上げている。
そう、実は“フリーダム”の仕事は、もっぱらこうした大立ち回りが多いのだ。なのに“鮮やか”と賞されるのは、不幸にも彼と対峙してしまった者の記憶が改変され、尚且つ防犯カメラ等も懐柔されたせいで、その姿が見えない上数分で仕事を為したように錯覚させられているから。
ま、その方が何かと都合がいいんでね。
脳に障害が残らないように試行錯誤したから、そこら辺は安心してよ。
深夜、妙にあっけらかんとした少年の声が豪華な部屋で木霊したのだった。