『今日から私が、君達の後見をつとめることになった』


そう、どこか父と似た穏やかな表情で言われたのは、二年前のことだった。

そして父と母は、そう言われる数週間前に不慮の事故で他界していた。

残ったのは、キラと弟の二人。残念なことに父も母も、その両親までもが一人っ子だったせいで、未成年だった彼らを引き取ってくれる親族はいなかったのだ。

それでも父はある大企業の幹部に就いていたらしく、遺産は山ほどあったので、心配は少なかった。


当初キラは、シーゲルはその遺産を狙って後見を引き受けたとばかり思っていた。

他にも父の上司であったと言っていたが、果たして本当なのか、とか穏やかな笑顔の裏で何を考えているんだ、とか。簡単に言ってしまえば、全く彼のことを信用していなかったのだ。


しかしそれから更に数週間した後、突如彼の娘であるラクスを紹介された。

同い年だったこともあり彼女とはすぐに打ち解け、彼女を通じてシーゲルの人となりも知れた。


丁度その頃に奪還屋を始めた関係で、大人を信用できなくなっていたが。

彼と接する内に、割り切ることを学ぶようになった。そして信用できる大人もちゃんといるのだと、思い出すことができたのだ。

気付けばキラは彼の事を一人の人間として信頼するようになり、第二の父のような存在だと、そう思うようになっていたのである。



事件発生3





あれは父と慕っておきながら、裏の顔を隠しておいたことへの罰なのだろうか。

そう自嘲気味に思って、すぐさまそんなことは無い、と否定する。

目の前に座るシーゲルの目には、怒りなんぞ存在しない。あるのはただ、哀愁のような感情。

もしかしたら彼も自分と同じように、「裏切られた」とでも思っているのかもしれない。何故言ってくれなかったのだと、彼もキラを信頼していたからこそ、そう思うのではなかろうか。


その仮定は、驚くほど素直にキラの心に浸透し、苛立ちとも悲しみともとれる感情を和らげてくれた。何故か自惚(うぬぼ)れでは無いと、そう言える自信がある。


しかしそれなら何故、彼は自分を攻撃した? 僅かに目を細め、思案する。


シーゲルの後ろには、ダコスタが依然として立っていった。その顔は所々にかすり傷を負い、腕はギブスで覆われ首から吊るされている。

顔の擦り傷の具合から、それがつい数時間前に負った傷だと推測できた。


(・・・・・なるほど。)


気付けば冷静に、今ある情報からこの先を予測していたのだ。こんな時でも発揮される仕事の能力に、呆れれば良いのか感謝した方がいいのか。


一人納得するキラをどう思ったのか、暫くの静寂を打ち切るように、シーゲルが口を開いた。


「・・・・私が何故、このような暴挙にでたか・・・・わかってしまったようだな。」


確信を持った問いかけ。しかし推測は推測であり、確信がないので頷くことは無い。それでも外れているとは思わなかったので、確認という形で返したのだった。


「・・・それは、ラクスが誘拐されたのは本当で、あなたが僕の噂は真実か否かを試そうとした事と。・・・もし僕が噂通りなら、ラクスの奪還を僕に依頼しようとしている事・・・ですか?」


それは、ダコスタの怪我や常に無いシーゲルの行動、そしてキラ自身の勘が導き出した答え。

するとやはりシーゲルは重々しく頷いて、深く感心しているようだった。


「流石だ。・・・やはり君は、奪還屋“フリーダム”で相違無いのだね?」


今度は、キラが頷く番だった。当然と言うか、信じ難いのだろう。特にキラはその容姿も含め、とてもじゃないが腕利きの奪還屋には見えないらしいから。


「・・・・今まで黙っていて、ごめんなさい。」


ずっと負い目は感じていた。しかしこのように暴露する羽目になるとは思わなかった、と内心で苦笑する。

本来の予定では、ラクスがしっかり隣にいた状態で、自分から切り出すはずだったのに。

そんなキラの内心を読んだのか、シーゲルも僅かに苦笑して言ったのだった。


「いや、君が近々私に会って話したいと言っていた事は、ラクスから聞いている。大事な話だと言っていたが・・・・この事なのだろう? 話してくれようとしていた、それだけで十分だ。」


聞けば先ほどキラが思案している間、彼も同じように思考を巡らせていたらしい。つまりその事実にも、ついさっき気付いたばかりだそうだ。


キラはこの時ばかりは、お互いにこんな時でも冷静でいられる神経を持っていてよかった、と思う。

もし片方がそれで暴走していたら、理解を忘れて一方的に互いを責めていたことだろう。

現にキラは、一時だけでもシーゲルに絶望していた。やはり受け入れてはもらえず、もしかしたらラクスが誘拐されたと言う話も嘘なのかもしれない、と・・・そう思っていたのだ。


それは、あまりにも悲しい事だった。


シーゲルもまた、同じように考えていたのだろう。苦笑とも自嘲とも取れる笑みを浮かべて、彼は「それに」と続けて言う。


「私こそ謝らねばなるまい。君をあのように試すなど、後見人として失格だ・・・。」


らしくもなく、頭を抱えて。その姿は何故か、一気に老け込んだようにも見えた。

だがそれも仕方がないだろう。愛娘が誘拐されたのだ、我を失ってただ感情のままにに動かないだけでも、良い方である。


だからこそキラは微笑して、先ほどまでの複雑だった心が凪に変わった事を感じつつ、しっかりと否定したのだった。


「いいえ、あなたは親として当然の事をしたまでです。大丈夫、僕は気にしていません。」


親が、愛娘を助ける者を厳選するのは当たり前だ。できるだけ有能な者をと望み、その能力を自らの目で確かめなければ気が済まないと思うのは、当然のことだった。

だからこそ、キラは責めることができない。恐らくは自分が何の力もない人間だったら、同じ事をすると思うから。


「それよりも、今はラクスの事です。誘拐されたと聞きましたが、経緯をお聞きしてよろしいでしょうか?」
「あ、それなら俺が」


すると今まで事を見守っていたダコスタが、キラの言葉にはじかれたように口を開いた。

シーゲルも顔を上げ、促すように頷く。その時には既に、彼の顔から不の感情は消えうせていた。

流石はクライン家の当主と言うべきだろうか。


そうして立ち直った主人とキラを交互に見て、ダコスタは簡素に説明を開始する。


事の始まりはラクスを学校に送ろうと、人気のない道路を通っていた時だった。

しかし道路で倒れている老婆を見つけ、ダコスタは若干警戒はしていたがラクスの勧めもあり、一旦車を降りて老婆を助け起こすことにしたのだ。

しかし、それがいけなかった。

何とも古風なことに、それは足止め工作で。車を降りた途端ダコスタは何者かに頭を殴られたのである。

しかし咄嗟に避けて反撃したのだが、別の方向から今度は麻酔銃が飛んできて、あえなく昏倒。

しかも再び殴りかかられて、自由の利かない体は受身も取れずに肘から着地したそうだ。ギブスの原因はそれであろう。

そうして彼が体の自由を取り戻した時には、既にラクスは車ごと何処かに連れ去られた後だった、という訳だ。


「・・・・・・なるほど」


粗方聞き終えてからのキラの第一声がそれだ。

ダコスタもシーゲルもどこか不安そうな顔でキラを見、次の言葉を待った。

キラは暫く何か考えるように視線をさ迷わせた後、シーゲルを見て言ったのだった。


「端末とパソコンを一台、お借りしても宜しいですか?」
「あぁ、構わんよ。」


瞬時に控えていたメイドにパソコンを持ってくるように言って、シーゲルは若干身を乗り出しながら問う。


「それで、私の依頼を受けてくれるかね・・・・?」


じっと、キラを見て。慎重に、そして緊張した様子で。

そんな表情が見たいのではない。だからキラは彼を安心させるように穏やかに笑って、一言。


「もちろんですよ。むしろ頼まれなくっても、行きます。」


確固たる意志と精一杯の誠実を持ち、シーゲルの目をひたと見て。


欲しいのは心配ではない。安心と信用だ。


「奪還屋“フリーダム”と父の名にかけて、必ず彼女を無事に帰します。」


すると漸く、少しではあるがシーゲルと、その後ろに居たダコスタの肩から力が抜けたようだった。

彼らとてキラがラクスを連れ戻す事を拒否するとは思っていなかっただろうが、やはり不安だったのだろう。

こんなにも心配されているのだ、早く帰して安心させてあげなくては。ラクスだって寂しい思いをしているはずだから。


もちろん、自分自身も早く安心したかった。きっと彼女が無事に戻ってくるまで、キラの心の平穏は戻ってこない。

何故ならば彼女は既に、キラにとってなくてはならない物なのだから。


今すぐにでも声を聞きたい、抱きしめたい、キスしたい。早くそうしなければ、キラの中で何かが壊れてしまう気がする。


そう、見た目こそ穏やかなままだが、キラは焦燥と渇望で身が焦げてしまいそうな思いを味わっていた。申し訳ないがシーゲルとの和解も、一時的な平穏しか齎(ほどこ)さなかったのだ。


しかし。

そんな思いも何もかもが全て、ラクスが無事に“生きている”ということを前提にしていた。

もし、そうでなかったら。


――――――そんなこと、考えたくもなかった。


「ところでどうして、僕が“フリーダム”だと知っていたんですか?」


思考が悪い方へと向かいそうなのを抑える為に、キラは後回しにしていた疑問をいかにも今思いついたとばかりに発した。

そもそもそれは、少なくとも調べようと思って調べられる物ではないのだ。

何故ならば、キラのように表の生活と裏の仕事を別として生活している者達の個人情報は、全てある裏企業によって厳重に守られているのだから。

そうでなくても全ての個人情報をサーバーで保管する現代において、不正に個人情報を得ようとするならば、ハッキングしか手はない。

だがキラ自身も手を加えたその企業のセキュリティは、個人情報を盗もうとした時点で仕掛けた者を反撃・逆探知するようプログラムされている。

故に余程の強運か特別な理由が無い限り、情報の片鱗さえも持ち帰ることは出来ないのだ。あまつさえ逆探知によって仕掛けた者は特定され、その後相応しい制裁を食らわせるという。


しかしシーゲルがそのような制裁を受けた形跡はなく、運良くシステムに見つからず情報を抜き出したにしても、彼がそれを出来る程の実力を持つハッカーを手に入れたという情報は聞いていない。


ならばどうやって、と疑問に思っても仕方が無いだろう。


するとシーゲルは何故か苦笑し、「私もよくわからないのだか」と答えたのだ。


「先日、私的のアドレスにメールが届いてね。題名も送り主もわからなかったからあける気は無かったのだが、強制的に展開されてしまった。」


こんな時だが・・・いや、こんな時だからかも知れないが、キラはその突如変わった話題に少しだけ笑いそうになった。

流石親子と言うべきか、シーゲルはラクスと話の展開の仕方がよく似ている。

突如話題を変えられても、彼女と同じで最後には必ず元の話題に戻るのだろう。


そんな事を思いながら、キラはラクスのそれとよく似たシーゲルの瞳を、じっと見ていた。


シーゲルはそれを受けつつ、何らかの映像がプリントされた一枚の紙を何処からか差し出したのだ。


「しかし数秒後には、それは跡形も無く消えてしまったのだよ。意味深な文章を、私の記憶に焼き付けておいてね。」


その画像は、私の部屋に設置された防犯カメラが、その数秒間のディスプレイを映した物だ。


シーゲルの説明を聞きながら、キラは静かにその紙へと視線を移した。

随分と拡大されたようで若干写りは悪いが、そのディスプレイに表示されていた文字ははっきりと見てとれる。


そしてその短い文字の羅列を目で追うにつれ、キラの顔から表情がどんどん消えて行ったのだった。


「『奪還屋“フリーダム”を知っていますか。
彼は褐色の髪に紫色の瞳を持つ少年です。
彼は桃色のお姫様を守る、精巧なビスクドールのようなナイトです。
彼はきっとあなたを助けてくれるでしょう。
桃色のお姫様の為なら、身を粉にして働いてくれるでしょう。』・・・・なるほど。」


稚拙で、謎掛けのようだが安直な。

まるでこの事態を予想していたかのような、そんな文章。


しかも送り主は完璧にキラの正体を捉えているらしく、正体を探られた覚えが無い身としては、かなり気味が悪い。


そもそも厳重に守られた個人情報の件を抜きにしても、キラは奪還屋“フリーダム”の素性を暴かれない自信があった。

まずは姿を記憶されないようにと、自分が映った画像と間近で接触した人の記憶の懐柔を。

知らず姿を見られたとしても、顔の半分を覆った暗視スコープで容姿を判断出来ないように。

帰宅する前もバー「AA」を経由していたし、そこに至るまでも出た後も、態々遠回りもしていたのだ。

その用心深さは、数多くの裏社会の人間を知るマリューすらも呆れさせたほど。


なのにいつの間にかバレていた。ちなみにあえて自分の正体を教えた人物たちに至っては、それを口外するような者達ではないので疑いはしない。


ならばいったい誰がこんな・・・? と思ったところで、先ほどのメイドがパソコンを持って戻ってきた。

瞬時に思考が切り替わり、とりあえずどうでも良い疑問は捨て置くことに決めたのだった。





見つけるから。

直(すぐ)に見つけるから、待っていて。

そしてどうか、無事で居て。

何が何でも、直に見つけ出すから―――・・・





(あとがき)
キラ様、「なるほど」連呼。(特に意味はない)
次回はきっとラクス奪還前編(苦笑
↑この前編カッコ苦笑の意味は、きっと読んでからわかるかとUu




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