「35・仲間」の続編です。先にそちらを読まないと内容がわからないと思います。







「アスランは今、山にいますわ。」

「山、ですか・・・・・・・。」

なんとも古典的な場所で修行に励むんだな、とは言わない。

キラはレノアが直々に入れてくれた紅茶を飲みながら、そんなことを思っていた。


レノアはレノアでクッキーをキラに勧めながら、自らもそれを口に含み、租借し終わってから口を開いた。


「何処で何をする、とは聞いてませんけど、あの子の事だから絶対山ですわね。」

「す、推測ですか・・・・・・?」


キラは一瞬肩透かしを食らった気分だったが、レノアはどうやらちゃんとアスランの行動を把握していたようだったので、とりあえず疑問の声を上げるだけ上げておいた。


 ところで今更だが、キラは今第六位レノア・ザラの部屋をお菓子折り持参で訪問し、アスランの居場所をお茶を共にしながら聞きだしているところである。

 先日の会議の事は暗黙の了解として話題に触れず、当り障りの無い会話をしてから彼女の息子について切り出したところ、レノアは一瞬笑うのを堪えるような顔をしてから、冒頭の言葉を吐いたのだった。



裏切り





キラは勧められるがままにクッキーを口に含み、そのおいしさに顔の筋肉が弛緩するのを感じながら、マイペースに話す淑女を見る。

レノアはその視線を受け、一瞬骨が折れるくらいの力でキラを抱きしめたい衝動に駆られたが、なんとか踏みとどまって冷静な微笑で答える。


「(あぁぁ、愛らしいですわ陛下。その微笑んだ顔でしかも上目使いで見ないで!! ちょっと理性ブッ飛びそうだからっ) えぇ、推測です。ですが確信しております。」

「(・・・・・・・・何故だろう、今一瞬身の危険を感じたんだけど・・・・。) ちなみに、何処の山なのかはわかりますか?」


しかし一瞬でも光ってしまった彼女の瞳を見逃さなかったキラは、すこし背中に冷や汗をかきながらそう返した。

レノアは内心「嫌だわ陛下、ちょっと緊張してる。・・・ふふふ、食べちゃいたい・・・」とシャレではなく本当に血肉を食べたい(※獣人一族特有の愛情表現です)と思いつつも今度はそれを全く表面には出さず、窓の外に目をやり、すぐにキラに視線を戻して答えたのだった。


「十中八九、“アマクダリ山”ですわね。」

「“アマクダリ山”・・・・・・・?」


聞いたことの無い名称だ。この辺の山では無いのだろうか。

そんなことを思いつつ、ティーカップを皿に戻してレノアを見れば、彼女は美しい顔を思案下に曇らせ、窓の外を指差して答えたのだった。


「この部屋から見えますわ。あの一際高い山・・・本名はサウズチ山でしたわね。あそこには不思議な力が漲ってますの。・・・あまり好ましいとは思えない力が。」

「そんな所にアスランが・・・・・?」


レノアが眉を顰めてそう言うなら、本当にあまりいい力ではないのだろう。呪いが働いているとか、何かがあるのかもしれない。

 しかし何故、アスランはそんなところに態々行ったと言うのだろうか。

レノアとアスランは流石親子と言うべきか、性質がとても似ているため、きっとアスランにとってもいい気分のする山ではないだろうに。


そんなことを考えていると、レノアが一瞬呆れたような顔をしてから、静かに言ったのだった。


「・・・・・・・・・・・意外とあの子は、逆境で燃える性質ですわよ。」

「・・・・・・・・・・なるほど。」


ここですんなり納得できてしまったキラも、とりあえずこの場にはいないアスランに呆れたような視線を送ったのだった。







山中の、深い深い山の奥で。

一人の少年が息を切らせながら木にもたれて立っていた。

 周りの木々は枯れ果て、元の風景が全く解らないようなありさまになっている。

だが彼はそれを全く気にせず、木にもたれたままの体勢で額に魔力を集めはじめた。

―――それは、ここ数日で何度も何度も繰り返した動作である。

 そして、その集まった魔力を体から引き離し、それを視線だけで自在に操ろうと、目に力を入れたのだった。


左、右、斜め・・・・と滑らかに動かしていき、自分の体に戻そうとした、その時。


「っ・・・・!」


魔力の集中を持続させることが出来ずに、それは少年の目の前で破裂してしまったのだ。

 反動で砕けた、彼がもたれていた木の幹。目の前で起こった衝撃に数秒身を竦ませ、それから息を吐いて彼は体から力を抜いた。

背中を砕けた木に滑らせるように、ずるずると音を立ててその場に座り込むと、彼は目を閉じて顔を覆ったのだった。

 最初は、魔力を体から分離させることも出来なかったのだから、三日でここまでできるようになったということは、大した進歩であろう。


しかし少年―――アスランはそれだけでは到底満足なんぞ出来なかった。


 初めて会ったとき、キラは全身の魔力を最低限に抑えていた。

魔力の調節があれほど上手いなら、きっと今自分がやった魔力の操作も、簡単に出来ることだろう。


「まだ、ダメだ・・・・・・・・・・・・。」


もっと、力が欲しい―――・・・・・・。

せめて、キラの足元に及ぶ位の力が。キラの足手まといにならない力が。キラを支えることのできる力が――――――地位が、欲しい。


それを得るためにアスランはここにいるのだった。



 そう、事の発端はキラなのである。

日に日に自立性を見せる彼が、アスランは嬉しくも寂しかったのだ。

そしてそんなキラを見るたびに、アスランの中で焦りと不安が渦を巻き、無力感に苛まれる。


 キラの力になりたいのに、何もできない。キラはそんなことはない、気にしないでいい、と絶対と言っていい確率で言うだろうけど、それではアスランが納得できなかった。


 だからこうして修行をしていると言うのに、手ごたえをあまり感じることができないのだった。


アスランは息を吐き、再び立ち上がった。修行を再開しようと思ったのだ。


 そんなときに、彼は自分の顔に冷たい雫を感じたのである。

なんだ、と思って上を見れば、今度は雫が目に入った。

そして、頬、額、髪、唇へと雫は落ちていき、アスランが「雨だ」と気付いた時にはすでに土砂降りの域に達していたのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あめ・・・。」


思考力が落ちている、と自覚しながら、アスランはどこか雨宿りできる場所はないか、と視線をあたりに巡らせた。

だが生い茂っていたはずの木々はアスランの力の暴走で枯れ、または砕け、洞窟なんて都合のよいモノも見当たらない。

 探し回る気力も無くてその場にたたずみ、雨に打たれるままとなっていると、急にアスランは体が重くなったことを感じた。

そしてその、次の瞬間。

一瞬で彼の姿は人のものから、大きな犬のような形に変わってしまったのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・情けな・・・・・・。」


どうやら体力の低下で、人の形を取ることが出来なくなったらしい。

自分の呟きが雨にかき消されるのを感じながら、アスランはそのまま目を閉じたのだった。







「・・・・・・・・・・・・・・情けないのは、僕の方だよ・・・・・・・・。」

 キラは薄い結界を作って雨を遮断しながら、気を失ったアスランにそっと触れた。


“魔界”が必要だと感じた結果自然に降り出した雨も、今はキラの悲しみという感情によって自然なものではなくなっていた。

 先ほどより少し雨脚が酷くなった天候を仰いでから、キラは今にも泣きそうな顔で本来の姿となったアスランを見やる。


人型を保てなくなるほど、アスランは何をやっているのだ。

――――そんな怒りは、微塵も無い。

あるのはただ、自分への憤りだけ。


アスランがこんなにも追い詰められていたということを、知らなかった。気付くことが、出来なかったのだ。


何故ならば自分のことで精一杯で、周りを見る余裕が無かったから。・・・・ただ、それだけの理由で。

先日そのことを後悔したばかりだと言うのに、しかし自分は事の真髄までは見ていなかったのだ。


―――なんて傲慢で、なんて愚か。


自分の無力さに嘆くのは、僕の方。



・・・・・・僕はアスランがいてさえくれれば、それだけでいいのに。



キラはそんなことを思いながら、アスランの豊かな毛並みを撫でる。

 藍色の毛並みは長く美しく、犬となってもやっぱり綺麗な顔だ。

初めて見たアスランの本来の姿に場違いなほど感心し、そんな自分に思わず少し笑ってしまった。

それから数分後、キラはアスランの毛並みを撫でつづけながら、先ほど彼が呟いていた言葉を思い出し、ぼんやりと呟いたのだった。







そんなに力が欲しいのなら、僕があげるのに・・・・・・・・。







と。その言葉を呟いた途端キラは我に返り、そして息を呑んだ。


「ぼ、くは・・・・・・なんて事を・・・・・・・。」

アスランから急いで距離を取り、目を見開いてキラは口を手で覆った。


その手が震えているように見えるのは、錯覚でもなんでもない。


 キラは震える己の両手を見、それから恐る恐るとでも言いたげに緩慢な仕草でアスランを見た。


そして更に、脳裏に記された声ならぬ声に、キラは今度こそ言葉を失ったのだった。







『地位変動完了。第十位より第六位へ』








それは、宮廷人に地位の変動が起こったとき、“魔界”が“魔王”に伝える言葉。


そして気を失ったアスランから感じる、急激に増えた魔力。


――――――――彼に増えた物と同じ量の、自分から・・・・消えた魔力・・・・・



「な、んてことを・・・・・・・・。」


キラはもう一度そう呟きながら、体を支える意志を放棄したのだった。



――――キラが見、感じ、聞いた事・・・・。それらが意味するのは、ただ一つ。



アスランの意志を無視した、キラからの魔力譲渡が行われたと、言うこと。




「僕は―――――――――・・・・・・・・・」




これは、頑張って、努力して力を得ようとしていた、



アスランへの




・・・・・・・・・・・・裏切りだ。




(あとがき)
ちなみに。宮廷人(魔界の上位実力者20名)の地位変動は、“魔界”が“魔王”に“地位の変動した者”(一名)の変動具合(?)を知らせ、“魔王”が“地位の変動した者”に知らせ、その“地位が変動した者”によってこれまた地位が変動してしまった者には、書物にてお知らせがありますのです。

・・・・・・ややこしいなぁ、おい。(ぇ




 BACK  TOP  NEXT
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送