執務後のお茶を楽しみながら、キラがにやにや笑っていると、傍らでお茶を飲んでいたラクスが疑問の声を上げた。

「あら、どうかしましたの?」

するとキラは「よくぞ訊いてくれたねv」とばかりににやりと微笑んで、
「やらねばならない仕事は終わったし、アスランが魔力を取りもどすまでの時間は約一週間もある。ということで、ラクスにはこれを・・・」

そう言って取り出すのは、もはやお馴染みとなっている紫水晶の埋め込まれた指輪。
それをラクスに手渡しながら、キラは微笑んで告げた。


「じゃ、僕人間界行ってくるから。」



歳月





 クルーゼの謀反の際、アスランはその優秀な使い魔二人を失った。
正確には、その使い魔の体を。

 彼らは確かに死んだが、使い魔とは本来マスターとなるものの魔力により創られた存在だ。自然に生まれて来た物ではない。

よって肉体が滅んでもその魂を冥府が迎えに来なかったので、それを利用して、キラはアスランを開放してすぐに、消えかけていた使い魔二人の存在をかき集め、彼らを精神体として蘇生させた。

 そんなことが普通の魔族にできるはずもなく、半ば諦めかけていたアスランは、彼らの魂がまだあるとキラから聞かされ、喜んで再び同じ肉体を創った。

そこに密かなキラの策略があるとも知らずに。


 本当は、キラには魂と肉体、両方同時に甦らせることも可能だった。
だが、しなかったのだ。


 使い魔を作るという事は、高位に位置する魔族にしか出来ない。
一体創るだけでも、多大な時間と、魔力を消費させるからだ。

しかしアスランは最高位に位置する魔族。普通に時間と魔力をかけて創れば、使い魔一匹創るくらい朝飯前である。
 あくまで普通に創った場合、だが。

今回は、かなり異例な創り方をしたのだ。

本来ならば魂と肉体は同時に創り、それらを何年もかけて融合させなければならないのだが、今回は、すでに出来上がっている魂と、一から創る肉体を、精神体が消滅する前・・・一ヶ月とない短すぎる時間で二人とも融合させなければならなかった。

 そのために、アスランは彼らの蘇生に全神経を、全魔力を集中させ、消費させるはめになったのだ。


 よって今は自宅で静養中である。
その魔力が回復するまで約一週間。その期間をキラは狙っていたのだ。


「人間界行くって言うと必ず止められるんだもん。これくらいしなきゃね〜。」

 そう言いながら、キラは自分とその代理人にしか開く事の出来ない、魔界と人間界をつなぐ門を開けた。


一瞬後には、魔界では滅多に見る事が出来ない果てしなく広がる青い空が眼前に広がっていた。

 それを嬉しそうに目を細めて見ながら、キラは地上に意識を向けた。

人間界は素晴らしい。人の闇も光も見えて、活気にあふれている。
最近では魔法を使う人間達も増えているし、市場には活気があるしで、見ていて飽きない有様だった。

 どのくらい空から人間達の暮らしを観察していたのだろうか。気が付いたら、空には赤と青のグラデーションがかかっていた。
それをうっとりと見ながら、キラは不意に懐かしい気配を感じ、再び地上に意識を置いた。

 すると驚いたように目を開けて、すぐさま微笑んでその気配の元へ降りていった。



「バルトフェルトさん。」

ふと頭上から声をかけられて視線を上げれば、そこには宙に浮く懐かくも変わらない美しい少年が。

バルトフェルトは驚いたように目を瞠ったが、すぐに一礼をしておどけたように「お久しぶりです、陛下」と言う。

キラはその様子に懐かしさを感じ、微笑んで、「お久しぶりです」と返しながらゆっくり着地した。


「で、またお忍びかい?」

その唐突な問いににやりと笑うだけして、バルトフェルトに「老けました?」と訊き返した。

するとバルトフェルトは大して気にするでもなく、「こっちに来て何年経つと思っているのだね。老けて当然だよ。」と言った。

アンドリュー・バルトフェルト。本来は人間界にいる虎と同じような姿形をしている獣人一族の長だ。
 彼は何百年も前からのキラの師であり、尊敬する人物でもある。

 だが数十年ほど前、何を思ったのかいきなり人間界で生きたい、と言い出したのだ。
理由を聞けば、「あいにいきたい」とだけ言う。何にだ、と聞くと、笑って指から光を発し、もう一度同じ言葉を言いながら宙に文字を書いた。

「愛に、生きたいのだよ。」

と。何を言っているんだ、と隣で控えていたアスランは顔を引きつらせていたが、反対側の隣にいたラクスは、のほほんと「あなたらしいですわね〜」と言っていた。

 キラもこのときはラクスに同意し、「あなたらしいですね〜」と同じようにいい、特に引き止める理由もなかったので彼に門を開いてあげた。


 それから月日はたち、バルトフェルトからは時間の流れを感じた。老いてはいないが、目元にしわが出来ている。
半永久的とも言われる命のあるキラたち高位魔族は当然、ある一定年齢に達すると成長も老化も止まる。だが、人間界でながく過ごすと、だんだん人間と同じように歳を取るようになるのだ。

 それを寂しく思いながらも、バルトフェルトの目が生き生きしていることに、キラは喜びを感じた。

「アイシャさんは、お元気ですか?」

「あぁ、相変わらずだ。今三人目を身ごもっている。」

何人目になるかわからないが、アイシャはバルトフェルトの妻にあたる人間だ。

キラは祝辞を述べようと口を開いたその途端、何かに引かれたように顔を虚空にむけ、顔をしかめた。

 バルトフェルトはキラの異変を感じ取ったが、何を察知したのかはわからなかった。

キラはしばらくそのままでいたが、不意にため息をつき、バルトフェルトに視線を戻した。

「どうかしたのかね・・・?」

キラはその質問には答えず、にっこり笑って「アイシャさんにおめでとうって伝えておいてください」と言って頭を下げ、その場から姿を消した。

 再び上空に上がり、キラは先程のバルトフェルトを思い出し、さらにアイシャとその子供の話を思い出して唇をかんだ。

バルトフェルトは「この」気配に気付かなかった。どうやら人間界の空気に慣れすぎてしまったらしい。このままでは、自分とその子供たちに迫る魔の手に太刀打ちできない。

 そう思うと、あせりばかりが募る。
彼らに「やつらが」気付く前に、かたをつけなければ。

そう思ってキラは気配の位置をたどった。

そして濃くなる気配に確信する。

「神族・・・!!」

滅多に人間界に降りようとしない神族が近くにいる。
彼らは魔族を見つけると問答無用で排除しようとするのだ。
人間界にいる魔族を守るためにも、キラは神族の排除を決意した。





「あ・・・」

「なんだよ、ステラ。」

突然、何かに惹かれるように走り出したステラを、スティングとアウルは慌てて追いかけた。

 そして、どんどん入り組んでいく路地裏に、不安を覚えて顔を合わせたが、前をいくステラはいっこうに止まろうとしない。


 そしてついに行き止まりになった。

漸くステラに追いついたスティングとアウルは、不満そうに「何なんだよ、まったく!」と言っていたが、ステラはそんな言葉を全く聞かず、ある一点をじっと見ていた。

 二人もそんなステラの様子に気付き、ため息を吐いたが、彼女がずっと一点を見つめているのが気になりその視線の先を追った。

だが、何も見当たらないし、気配もしない。

いい加減飽きてアウルが「ほっといて帰ろーぜ!」とスティングに声をかけたが、今度はスティングまで動かなくなっていた。

 アウルが怪訝そうにまた二人の視線の先を見ると、不意に何かが見えた。


紫色の、光。


それに惹かれるようにじっと見ていると、段々その光の輪郭が浮かびあがってきた。
そして「それ」は一人の人間の姿となった。

 その美しさに目をはずせないでいると、「それ」はゆっくりと唇を弧にし、言葉をつむいだ。


「魅縛」


魔族が使う基本的な術だ。魔力が高ければ高いほどその効力は高く、相手の思考力を奪い、体の自由をなくす。

 キラはまず、一番感受性の高い神族からその魔術の網に掛けていった。それからもう一人、また一人・・・と、確実に。

「まだ子供だね。生まれてからそんなに経っていない・・・」

そう言いながらステラに近づいていく。

ステラは動かない。・・・動けない。

 キラはその様子を面白くなさそうにみやり、ステラの瞳を覗き込みながら、彼女の背後で神族を消滅させることも可能なほどの高威力を誇る魔術を発動させた。

 そしてそれをステラの背中に叩き込もうとした瞬間、何を思ったか慌ててその魔術を自ら消滅させた。
キラの目は驚きに見開かれ、魅縛も解いてしまった。

そして、言う。

「だ、堕天使!!?」

そのキラのすっとんきょんな声にはっと我を取り戻した三人は、目前の麗人に対して指を指し、同じような口調で「魔族!!?」と言った。


 ステラの瞳を覗き込み、その奥に闇属性の力があることに気付いた。
まれに神族の中にそのようなものが生まれるのだ。そして大抵、潔癖な神族は闇の力をもつ子供を人間界に捨てる。

魔族はそのような者を「堕天使」と呼ぶ。
 言うなれば哀れな子供たち、哀れな同胞。

それが、キラがステラを殺すのを止めた理由だった。よく観察してみれば、あとの二人も闇属性を持っている。

 キラは思わずため息をつき、額を抑えてうずくまってしまった。

そしてとりあえず未だに呆然としている子供たちに向けて謝罪する。

「えぇと、殺そうとしちゃってごめん。」

するとアウルがまず一番最初に反応した。

「こ、殺されそうになってたのか・・・!?」

続けてステラが。

「お名前、教えて・・・?」
と。スティングはキラと同じように頭を抱えてうずくまってしまった。

キラは、その一種笑いを誘う光景を見ながら、この先どうしよう・・・と考えていた。


堕天使となる子供を、人間界においておくわけにはいかない。大抵人間界で育った堕天使は強い力をもち、将来必ず人間界、魔界、神界、いずれかに災厄をもたらすとされ、討伐される運命になる。

 ならばいっそ始めから生まれた途端に殺してしまえ、とも思うのだが、やはり親心というものか、一縷の望みを掛けて人間界に流すのだ。

そして、キラはその親族の親の「一縷の望み」とやらをかなえられる存在。

つまり、神族の子供を魔界に連れてかえることができるのだ。

堕天使は、どちらかの属性を重点的に育て、その属性にあった環境にいれば、なんら問題はない存在なのだ。

だが、神界で闇の属性をもつ者を育てるわけにはいかない。だから、比較的戒律のゆるく、どんな種族だろうと自由に受け入れてくれる魔界に流れることを願い、堕天使の親は子供を人間界に送るのだ。

 目の前にいる彼らも、そのことは知っているらしい。魔術を使う人の形をとる魔族=高位魔族という形式は一般常識であるから、もしかしたら魔界に渡れるかも・・・と考えているのか、その瞳はすがるような、なんか捨てられた小動物を思い起こさせる。


しばらく見つめあい、キラは白旗を上げた。

「わかった。僕はキラ。君達魔界行きたい?」

そう言うと、すぐさま返される返事。ついでに抱きついてくる少女と少年の腕。

残りの青年は嬉しそうに笑うだけでよかった、と思いながら、まだ人間界に来て一日もたってないのに・・・。とちょっと悲しく思った。

 どうせこの後この子達の教育や、衣食住の世話なんかであっという間に一週間終わってしまう。かなり短い旅行だったな・・・と思いながらも、なぜか猫を思わせる三人と出会う事が出来て、よかったな。とも思った。







(あとがき)
はいまた微妙な終わり方〜。リクを一気に消化〜。
@パラレルの続き〜A地球軍三人と絡め〜。

たぶんまた続く〜。どうでもいいけど何故この口調〜?

というかバルトフェルトさん入れたの無理やりっぽかった?
お題クリアさせたかったんで・・・。




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