ふと感じた違和感に、キラはすぐさまその理由に気付き、反射的に握っていたペンを握りつぶしてしまったが、すぐに修復して何事もなかったかのように執務を再開した。

 次の瞬間。王の勤めをつつがなくこなしていく美しき魔王陛下の執務室は、突如あらわれた青白い光によって満たされたのだった。



単独行動





「話があるから」そう言われて、ステラ・アウル・スティングは、魔界に来てから初めて、魔王陛下の執務室にお呼ばれした。

魔界に来てからすでに数ヶ月、その間ずっと城に入り浸っていたというのに、彼らが今までそこに足を踏み入れることが無かったのには理由がある。

 何故ならば、大抵魔王陛下と話すときは、ラクスの部屋か3人の勉強部屋へ陛下直々に訪ねてきていらっしゃっていたので、今までに彼らが執務室に行く機会も必要もなかったからである。

それが何故今日は呼び出されたのかは不思議なところだが・・・。

 何はともあれ、なんと言っても目的地は魔界の最高権力者にして、最高実力者の部屋だ。三人ともあまり顔には出していないが、柄にもなく執務室のドアの前で緊張に固まっていた。

 そして、意を決して代表としてスティングがドアをノックしようとしたその時。

『必要ない。通りなさい。』

 そう、何処からか聞きなれない声が聞こえてきたのだ。
よく聞けば、それは実はかなり聞きなれているはずのモノだった。だが、感情というものが全く感じとれない、威厳さえもにじんでいる声だったので、一瞬誰の声なのかを判別できなかったのだ。

 だって、自分たちが知っているこの声の持ち主は、もっと穏やかで、いつも優しさのにじむ声をしていたはず。

 その違和感に眉を寄せながらも、言葉のとおりにスティングはドアに手をかけた。だが、次の瞬間。

「立ち去れ。」

 その声と同時に、スティングの鼻先に細身の剣が突きつけられたのだ。
反射的に後ろに控えていたはずの二人に視線を送ると、彼らも同じように眼前に剣先を突きつけられていた。

 素直に恐い、と思った。その剣先は確かに空中で静止しているのに、その柄を握る手は何処にもない。これは、紛れも無く魔術だ。だが、術者の姿は見えないというのに、鳥肌が立つほどの殺気を感じる。

 そこから推測できる事は、これはかなり強い力を持った術者の仕業だということ。

まだ満足に魔術も使えないスティング達に、抗う術はなかった。

「・・・・・・アスラン」
 ぽつり、とステラが呟き、その名に確かにこの声は、と思い至り、スティングはドアノブから静かに手を引き、とりあえずドアから離れた。

 途端に消える剣。それと同時に、この魔術を放ったのであろう、先程の声の持ち主の姿が現われた。

「・・・去れ。今は、駄目だ。」

常に無いほど低い声で、もう一度呟く第一補佐官に、アウルは不機嫌そうに答えた。

「っていっても、僕ら呼ばれて来たんだけど〜?」

そう言うと、アスランは眉間にしわを寄せ、もう一度「駄目だ」と言った。

 それに抗議しようとしたアウルを遮り、また、聞きなれているはずの聞きなれない声が響いた。

『良い。私が許した。』

「だが、陛下!」

『命令だ、下がりなさい。』

 また、その言葉に抗議しようとしたアスランだったが、突如言いようの無い悪寒に襲われて、耐え切れなくなり口を閉ざした。
 初めて実感するこの感覚は、魔族特有の現象。

 陛下は、自らの注進を受けようとはなさっていない。

それは、そう悟らせるには十分のことだった。

 急に顔を真っ青にして冷や汗を流し始めたアスランに、堕天使3人は大丈夫か、と声を掛けそうになったが、止めた。
 導くように、王執務室に繋がるドアがひとりでに開けられたから。

それに、突如襲った不安を押し殺すように、顔を見合わせた3人は、ゆっくりと執務室に入っていった。



「ほぅ、これらが“堕天使”ですか」

部屋に入るなり、観察するような視線とともに三人にかけられた言葉に、キラは内心で悪態をついた。

(“これら”、だと?この蛮族め、もはや同族とは思っていないじゃないか!)

しかしそれを悟らせないように、無表情でその声に答える。

「左様。もはや私が口をだす問題でもなかろう。決定権はこの子達にあるのだから。」

 威厳たっぷりに言われた言葉に、灰色の髪の持ち主は一瞬たじろいだものの、すぐに自らを奮いなおして返した。

「ええ、そうですね。・・・やぁ、私はロード・ジブリール。君たちを迎えにきたよ」

 前半は魔王陛下に、後半は堕天使達に向かって言った言葉である。
言葉とともに、口元には胡散臭い笑みが。本人はきっとその笑顔が知性ある微笑、とか、逆らう事を許さない笑顔だ、とか思ってやっているんだろうが、他人から見れば「そう装いたくて頑張ってる結果変な顔になっちゃってるけど誰にも注意も進言もされずに結局その表情が上手くいっていると過信したあげく癖になっちゃった笑顔」だな、と一発でわかる嫌な笑い顔だった。

 しかもなんだか必死に魔王陛下と対等であろうとしているようなので、きっとそれなりの地位なのだ、と思い、陛下に恥をかかすのもな・・・と考えた結果それを口にも顔にも出さなかったが、内心は目の前の男に対する不信感でいっぱいだった。

 挙句、付き合いが短いながらも陛下がこの男を好いていないことはすぐにわかったので、陛下大好きな三人は、目の前の男を完璧に“敵”と認識したのだった。

 が、やはりそれも顔にはださない。そこら辺は第ニ補佐官の教育の賜物である。

全く反応を返さない堕天使3人に、ジブリールは焦れたように自己紹介を始めた。

「君達もすでに知っているかもしれないが、私は神王。魔王殿とは対となる存在だ。つまり、君たちの生まれ故郷の王なのだよ。」

そう、やはりにこやかに。

 神王、生まれ故郷、と聞いて、スティングは男の正体がよくわかったが、はっきり言って「それがどうした」と言いたかった。

ちらりと見れば、先程からキラは無表情で沈黙を保っている。だが、その瞳は何時に無く冷ややかだ。
 スティングも男の言葉がものすごく気に食わなかったので、叱咤を覚悟で口を開いた。

「初めて名を聞きました。ところで、われらが親愛なる魔王陛下と対、とおっしゃいましたが、貴公は即位何年目でございましょう?」


 意訳。

お前の名前なんか知るか。興味もねぇっつーの。まぁそんな事はどうでもいいさ、ところであんたさっきからやけにキラと対等だと主張しているような言動してっけど、即位四桁近いキラと名前も聞いた事のねぇあんたじゃつりあうなんてこたぁねぇんだよ。身をわきまえろっての。


 幼い頃からずっと一緒にいたせいで、その意味を正確に読み取ったステラとアウルが、後ろで噴出す音を聞きながら、今更とってつけたように「あぁ、失礼いたしました。」とおどけたように礼をした。

 キラは何も言わない。笑いもしない。だが、その瞳がスティングに向けて密かにウィンクをしたところをみれば、どうやらお咎めはないらしい。
あまつさえ、気に入ってもくれたようだ。

 キラが、そ知らぬふりで、あいも変わらず無表情で発した言葉の内容を思えば、それはすぐに知れた。

「そういえば、二年前はまだ神王殿はアズラエル氏でしたね。何時頃即位を?」

と。その含まれる皮肉に気付いたのか、ジブリールは頬をぴくぴくと痙攣させながらも笑い、「え、えぇ・・・まぁ・・・その。」と曖昧に答えたのだった。

 それに内心「ざまぁみろ」と、この場にいるジブリール以外の4人がいっせいに呟いたのは、言うまでもなかろう。


 しかしそれも顔にださず、明確な答えも求めず、キラは話を進めた。
だんだん目の前の男がうざったくなってきたので、のんたら話を進めようとしていた男から譲ってやっていた主導権を奪い、少年少女に話し掛けた。

「神王殿は、即位を期に神界も堕天使をうけいれる風潮にしたいらしい。そしてまず手始めに、現存する魔界にいる堕天使を引き取りにきたそうだ。」

 あくまでも“建前”は。先程の発言からも、この男が慈悲の心からそんなことを言っているのではないということはわかりきっている。

どうせ、並みの神族・魔族よりも高い能力を有する存在を、魔界側において置きたくないだけ。又は、力の誇示のために側に置きたいか、だ。そしてあるいは両方という可能性も高い。

 そもそも彼らを捨てたのは神族だったくせに、何を今更。 

そんな風に考えながら、冷笑を浮かべ、キラはジブリールを見た。
 こちらへきて初めてみる魔王の表情と呼べるものに、だがジブリールはなんなら無表情の方がまだよかった、と心底思った。
 それほど、彼の笑顔は空恐ろしいものだったのだ。

そもそも、敵地であるはずの魔界に供もつれずに一人で来るなんて、阿呆なんじゃないかと思う。しかも、全くの予約や予告もなしに、いきなり、あろうことか王の執務室に直接。

 なめてんのか、こら・・・?

そういって首をしめたくなるのもしょうがないと思う。

 そんなキラの不穏な雰囲気に気付いたのか、スティングとアウルが一歩後ずさり、すぐに言葉を発した。

「俺は神界になんて行く気全くありませんよ。」
「同じく。すでに所属は魔界だっての。」

ちなみにステラは眠そうな顔で「キラ、早くおやつ・・・食べいこう?」とか言っている。

 すでにもう、3人は神界に行く気は全くなかった。皆無だ。むしろマイナス的だ。

その固い意志に気付いたのか、ジブリールは「やれやれ」とでも言うように肩をすくめ、言った。
 一応明記しておくが、上記だけなら「ジブリールは大変懐が深く、おおらかで、無理強いはしないよろしい性格」と、とれなくもないような気がしないでもないが、実際は、「キラの冷笑+圧倒的魔力+精神的威圧=汗だらだら+真っ青を通り越して色の無い顔色+小刻みに震える体」というなんとも情けない様子を周囲にさらしていた。

 話を戻せば、その馬鹿・・・もとい、阿呆・・・違った・・・・・・とにかく目の前の男は言った。

「だが、こちらにはまだ“マリュー・ラミアス”もいたはずですが?」

と。ついでに付け足せば、声も震えていたりする。

キラはその様子を鼻で笑い、アウル達が疑問に思う間もなく、「マリューさん」と呼んだ。

「はい、My Lord?」

 すると、なんとすぐさま“窓の外”から返事が上がったのだ。

その場の視線がその声の主に集まる中、彼女は窓からひらりと室内に入り、キラの前まで近づいて一礼した。

「お呼びでしょうか、陛下」
と。柔らかな微笑とともに。その綺麗でさわやかな笑いは、先程の気持ちの悪い微笑を見た後だったからなおさら、キラたちの心までもをさわやかにさせてくれた。

 これが彼女、マリューと堕天使3人との初対面なのだが、少年少女たちはその笑みとキラの彼女を見る視線に“良い人・仲間”と、彼女を認識したのだった。

キラは、そんな彼女の笑顔に、いつもの優しい、穏やかな笑顔で答えると、「神王殿がお呼びだよ」と言った。

その言葉に、漸くその存在に気付いた、とでも言いたげにジブリールを見たマリューは、あからさまにため息をついた。

「私がこちらに来てから何度目かしら、神王が代替わりするの?こちらはずっとキラくんだけなのに。あちらは“神”とか名乗っておきながらちょっと気に食わない事があればやれ反乱だ、やれ逆賊だとうるさいから・・・。王も何代も無能が続いたのでしょうね、一度反乱がおこればすぐに討たれちゃって。だれも長続きしないわ」

 そう、頬に手をあて、「困った子ね」とでもいいたげに言ったのだった。

 そしてその言葉に、ジブリールはとうとう

キレた。

「いい加減にしろ!この蛮族らめ!」
そして、マリューを指差してこうも続ける。

「貴様なんぞ、国を裏切りおった売春婦のく・・・」

しかし、彼が怒りながらも発しようとした言葉は、途中で途切れてしまった。

否、言葉を続ける事が不可能になってしまったのだ。

「・・・その言葉、そっくりそのまま返そう。」

その言葉とともに、キラがジブリールの口と鼻の周りを、真空状態にしてしまったから。

 そして、苦しむもがく男を冷徹な目でみやり、視線をマリューへ向けた。

それを受けた彼女は一つ頷き、少年少女を執務室から出るように促したのであった。



 子供たちが部屋から出て行ったのを確認し、キラは室内の音が外に漏れないように結界を張りながら、男にかけた術を解いてやった。

そして、むせ、荒い息を繰り返す男を見下ろし、ゆっくりと口を開いた。

「いい加減になされよ。そなた、我等を見くびりすぎだ。」

 そして、未だに膝をつき、荒い息をする男を、実在しない十字架に貼り付け、更に言葉を重ねた。

「礼儀をしらぬな。目上のものには礼節を・・・・己の身分をわきまえ、理にかなう言動を取っていたのならば、我等もそなたに礼節でかえしたものを。」

そう言うと、ジブリールは怒りと窒息で赤い顔のまま、キラを睨み上げて言った。

「何を・・・私も貴様も同じ“王”!何を敬う必要がある!」

その言葉に、キラは「なぜこんなヤツが神族の長なんだ」とあきれ返りながらも、冷徹な瞳で相手を見据えながら、答えた。

「そなたが王?道徳をわきまえず、己の利のためだけに動くそなたが?
王とは、自らに責任をもち、常に自らの世界のためを思って行動するもの。
そなたなんぞと一緒にされれば、王の名が廃る。」

「私の、どこが・・・・!」

「・・・そなたのような者が単身敵地たる魔界に来るなど、愚かで自分勝手以外の何物でもない。もしそなたが今ここで殺されれば神界は荒れに荒れる。譲位もできず、王位は空席になってしまうのだから。王不在の神界は存在できないことはわかっているはず。しかも、いきなり私の執務室に現われるなど、姿を見せた時点で殺されなかっただけでも幸運だと思え。真に世界を思うなら、そのような愚、冒すわけがないだろうに。」

 そう、言った。実際、目の前の男には自らを守る力さえない。
実力主義の魔界とは逆に、神界は大抵の官職は指名制だ。だから、どんなに無能なヤツであろうと、王位につく事も可能なのである。

 キラは、闇で少しずつジブリールの体を覆っていき、彼を神界に送り返そうとおもった。

この際、彼の暴言は見逃す。だから、この愚かな男にとっとと魔界から出て行ってほしかった。そう思っての行動だ。

 だがジブリールは、そんな親切ともいえるキラの行動に、文句をつけた。

「貴様、覚えてろ!天地戦争だ!帰ったらすぐに戦争を仕掛けてやる!!貴様なんぞ・・・!!」

 だが、その言葉もまた、キラによって封じられたのだった。

永らく封印していた、殺気と怒りからの行動で。

     




(あとがき)
続きます。めっさ続きます。
つってもあと一話ですが。
はっきり言おう、私はあの新盟主が大っ嫌いです。彼はどう転んでも悪役にします。
もう宣言しちゃえます。



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