――ラクス様。

嫌ですわ、キラ様。私もアスランのように呼び捨てで呼んで下さいな。

 ――そう言うわけにもまいりません。それよりもどうか、私なんぞに尊称をつけないでくださいませ。

あら、何故ですの?

 ――私は家臣、貴女は私が使えるべき人です。私が貴女を呼び捨てにするなんぞ、分不相応でございます。同じように、貴女が私に尊称をつけることも、私には身に余ります。

 おいおい、キラ・・・。やめておけ、ラクスは俺よりも頑固だぞ?

そうですわ、キラ様。貴方が私の事を“ラクス”と呼んで下さらない限り、私は貴方を“キラ様”と呼びつづけますわ。

 ほら、こう言ってる。観念しろキラ、どうせ最後には折れるんだから、早いほうがいいだろ?

 ――いや、そういう問題じゃないでしょ。・・・いいよもう・・・。わかりましたラクス。ですが他人の目があるときは勘弁してくださいね?

まぁ・・・。それは仕方がありませんわね。それと、敬語も禁止ですわ。私は貴方とお友達になりたいのです。お友達同士が敬語で話し合うなんていただけませんわ。

 ――・・・・・・(この台詞、この前も聞いたような・・・)。

 いや、俺を見るなキラ!ったく、いいじゃないか。俺だって、ラクスだってそれを望んでる。用は大人に見つかんなきゃいいわけだし、お前だってそっちの方が楽だろうが。

 ――・・・全く、アスランといい、ラクスといい。君らちょっと気安すぎるって。

あら、よろしいではありませんか。これから長く付き合うことになるのですし。それと、私のこの口調はもはや癖ですので、お気になさいませんよう。

 ――承知しています。・・・改めて、ヨロシクね?ラクス。

ええ、よろしくお願いいたしますわ、キラ!



紫鬼 〜第弐話〜





 キラは、十数年も前、ラクスと初めて会った時の事を思い出しながら、穏やかに微笑んでいた。

 目の前にはラクスの寝顔がある。妙齢の女性の寝室に侵入するのはどうかと思ったが、できれば起こしたくないし、でも起きて欲しいし、侍女に取り次いでもらうのは都合が悪いし・・・と考え、結局このような行動に出たのだった。

 一種の賭けだ。起きたらそれでよし。起きなかったらそれもまたよし。明け方までこの寝顔を堪能してやる。そう思っていた。

 側に座り、時々彼女の髪を撫でたりしてしばらく経つと、ラクスのまぶたがピクリと痙攣した。

 ああ、起きるのかな。

そんな風に思ってキラが彼女の顔を覗き込むと、ラクスはゆるゆると目を開いた。

 瞬間、自分のすぐ側にいる人物の気配に警戒して体が強張ったが、すぐにそれも解いた。

 紫の光が目に入ってきたから。

どう言うわけか、昔から暗闇の中で猫のように光る目を、ラクスは良く知っていた。
 そのような特殊な特徴をもつ人は、きっと彼以外にはいないから。

 そのような結論に至り、ラクスは全く警戒せずに自分の側にいる人物に微笑んだ。

 それに苦笑し、キラは言った。

「もう少し、警戒してもいいんじゃない?」
「あら、無意味でしょう?」

しかしそれには無邪気ともいえる顔で返されたのだった。

 そうして起き上がる体を支えてやりながら、キラは「夜遅くに、ゴメンね」とすまなそうに謝るとすぐさま、

「とんでもございませんわ!私は、貴方が来て下さるのならば何時でも何処でもよろしいですわよ!」

 そう、朗らかに笑って返された。
キラは訓練と元の目の形状から、暗闇の中でも物が良く見える。そのよく見える変わらない彼女の微笑みに安心しながら、ラクスの頬にキスを送った。

幼い頃からの習慣だ。二人っきりで、久しぶりに会う時、よくラクスにねだられて、何時の間にかそれが慣わしとなっていた。
 それは、成人した今でも変わらない。

ラクスはそれを喜んで感受しながら、微笑んで言った。

「お久しぶりですわ、キラ。」
「うん。久しぶり、ラクス。」

そう言ってしばらく見詰め合っていたが、不意にラクスが儚げに微笑んで、言葉を発した。

「でも、またすぐに行ってしまわれるのですね」
そう、確信をもった言葉を。

 キラはそれにただ苦笑で返しただけだったが、答えは勿論「応」だろう。

そうでなければ、こんな時間にわざわざ来るはずも無いし、来たとしても時間があるのならば完璧に気配を消し、こちらを起こすような要素を全く与えようとしなかっただろう。

 そう、ラクスが“気付けた”という時点で、「時間が無い」と言っているようなものなのだ。
彼女も、そこらにいる男性よりも武道に通じている自信はあるが、それでも少しでも本気を出したキラの気配を、掴む事は決してできない。

 それはきっと、剣豪と名高いアスランですらそう。

そんなキラの様子に苦笑し、言った。

「寂しいですわ。帰って来たらすぐに会いに来てくださいな?」

しかしやはり、恒例通りアスランを先に訪ねるだろうが、そう言うくらいなら良いだろう。

 そのようなラクスの考えを読み取ったのか否か、キラは穏やかに微笑んでただ「うん」と答えたのだった。


 それから夜が明けるまでラクスとキラは語り合っていた。

色気なんて全く無い・・・他国の事、自国の村や文化についてを。

それでもラクスは一応深窓のお姫様に代わりがないので、外の世界への憧れも強く、よく見聞きしたおかげでかなり詳しいキラの話を、本当に楽しそうに聞いていた。

また二人とも聡明であったので、意見を言い合ったり、今後を勝手に想像してみたりもするのだ。

 離れていた期間は半年程度だったが、それでも彼らにとってはその時間は長くて、会話は静かながらも止まる事を知らず、二人ともとても楽しい時間を過ごすことが出来た。


 そして、空が明るみ始めてきた頃。

キラはおもむろに立ち上がって言った。

「ごめん、ラクス。僕はもう行かなくちゃ。」

そういって、名残惜しそうに笑う。
その笑い顔がとても切なくて、なんだかラクスは泣きそうになりながらも、微笑んで言った。

「わかりましたわ。無理はなさいませんよう、気をつけてください。」

 そして、近づいてきた顔に今度はラクスが唇を贈る。

それもまた、彼らの習慣なのであった。

そしてキラはラクスを一度強く抱きしめ、毅然と立ちあがり言った。

「いってきます。」
「いってらっしゃいませ。健闘を祈っています。」


 ――それでは、ラクス、アスラン。

 キ〜ラ。こういう時は“いってきます”って言うもんだぞ?

そうですわ、キラ。“いってきます”には、“必ず帰ります”という意味もあるのです。・・・帰ってきてくださるのでしょう?

 ――・・・うん。必ず。


「・・・いってきます」

幼い頃の自分達をまた思い出しながら、キラはもう一度ラクスを見てそう言い、今度こそその場から去って行った。




 幼い頃、自分にはよく他国への視察を命じられていた。
当時は疑問にも思わなかったが、その歳では普通ありえないようなところまで赴くよう、前ザラ君国国主直々に命を賜っていたのだ。

 臣下たるキラも、キラの両親もそれを拒めるはずもなく、幼いキラは少ない供を連れて外国へ行ったのだった。
 それは大抵が危険を伴う事で、おかげでよく怪我をし、城に戻る頃には従者が一人も生きていなかった、という場合も何度もあった。

 数年後、その殿の奇行の意味を知ることとなる。

大殿は、キラを疎ましく思っていたのだ。

ラクスとアスランと、キラは仲が良すぎた。
一時期二人ともと噂にまでなったほどなのだ。

曰く、「紫の小姓殿と若殿は並々ならぬ仲である」「紫の小姓殿と姫君は恋仲におられる」と。

 齢10も過ぎぬ子供たちを種にそのような噂を立てるとは、その話を流した奴も信じる奴も阿呆か、と根も葉もない噂を三人で批判していたものだが、殿までそれを信じていたのだ。

 “跡取”と“政治道具”の未来を憂い、“邪魔なもの”を早々に消したかったらしい。
だから、幼い子供を窮地に陥れるような事を頻繁にやっていたのだ。

キラは、大殿逝去の際、その事実を涙ながらの奥方から聞き、やけに納得したものだ。

 大殿の代わりに、としきりに謝るレノア様に、だがキラは恨みもせずにこう言ったのだった。

「おかげで、随分と腕がつきました」と。

それを横で聞いていたアスランも思わず吹き出すような、そんな感心しているような声だったらしい。

 だが実際に、度重なる刺客、戦闘、不意打ち等で、キラの剣術は確かに向上していたのだ。

 そして、回を重ねるごとに力を増していく子供を、大殿は更に疎ましく、かつ恐ろしくさえ思っていたのだという。

そしてまた視察へ行かせ、強くなり、怖くなり、また視察に行かせ・・・その悪循環で本当によく城を出るようになっていた友人を、ラクスとアスランは心底心配し、毎回「いってきます」「いってらっしゃい」「健闘を祈る」と、言外の約束を交わすようにしていたのだ。

 実際、その約束に、幾度心が救われたことか。死にそうになっても、供が一人もいなくなっても、キラはその約束を果たすためだけに気力で城に帰ってきたようなものなのだ。

そして、その約束は、今も尚続く。

 必ず交わす言葉、交わす酌、交わす唇。

短いそれらに、色々な思い込めて、彼らはキラを送り出すのだ。

 最近は唇を交わすラクスに対抗して、アスランは酒を交わしてキラを送り出す。曰く「献酬こそが男の約束だ!!」と。何言ってんの、とすかさずキラのつっこみが入ったのは言うまでもなかろう。

 そんな事はさておき、友が心から自らの身を案じ、交わす約束は何よりもかけがえのないものだと思う。

それによってもたらされる暖かな思いを胸に、キラは城を出たのだった。




 案の定、すでに旅のお供は城門にて待機していた。

それに「うん、ここら辺はちゃんと教育されてるんだよね」と内心頷きながら、キラは気配を完全に消し、城門に寄りかかって座る赤目の少年の背後に近づいていった。

 すると、

「なぁ、レイ。あの“キラ”ってやつ・・・」
と、その“キラ”が背後にいる事に気付かず、シンはレイに声をかけたのだった。

「・・・なんだ?」
 ちなみに金髪の少年からも死角にいるため、まだ二人はキラの存在に気付いていない。

「・・・どう思った?」

なんだか出る気にもなれず、多少の興味で、キラは顔を出さずに話を聞く事にする。
 彼は何が言いたいのだろう。
古びたお守りを握り、ぼんやりと呟く少年は、何故かキラに「危うい」と思わせた。

「・・・随分と腕が立つことは確かだな。」

そう答える金髪の少年に、赤目の少年は視線を向けることなく、またもやぼんやりと返した。

「俺、あの人嫌いだ・・・」

と。・・・金髪の少年が答えた意味はあったのだろうか、とキラは思ったが、どうやら自分に好感を抱いていない少年に、「やれやれ」と内心で呟き、少し離れたところから登場しなおそう、と思い足を踏み出しかけたとき。

「だって、マユに似てる・・・」

そう、きっと金髪の少年には聞こえなかったであろう声量で呟いたのだ。

思わず足も止まった。
そして途端に襲う既視感。その言葉の調子を、キラは知っていた。

 少年が何を思っているのか、“マユ”がだれなのか。

キラは、すぐさま察することが出来た。

“マユ”は、きっと、彼のとても大切だった女性。
そしてきっと・・・彼女はすでに故人だ。

憎い、愛しい、寂しい・・・そんな思いがない交ぜになっている口調。

 その時、キラは何故少年を「危うい」と感じたのかわかった。



似ているのだ。2年前の自分に・・・。



それに我知らず眉を顰め、キラは今度こそその場から姿を消した。






(あとがき)
また随分とキララクな回になりましたね〜。そして何故か過去編っぽい?
ちょっとつまんないわ、この回。そう自分で思ったりして。

自分でも「おもしろい」っていえる話を書くのがいまの所の目標です!  



     
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