マユ、久しぶりだな。

そっちでは元気にやってるか?

お前のことだからすぐに沢山友達も出来たろ?

 あのな、兄ちゃんな、一族の人たちに力が認められるようになって、任務成功率が高いからってレイと二人っきりで任務を遂行できるほどになったんだ。

何時の間にか俺達二人は最強だって言われるようにもなったし、頭領候補にもなったんだ。

兄ちゃん結構頑張ってたんだぞ。

ついでに結構自分でも「俺って強くねぇ?」とか思ってたりしてたんだ・・・けど。

最近自信がどんどん消えていく気がするよ。

 だからマユ、兄ちゃんにちょっとだけ力を貸してくれ!



紫鬼 〜第参話〜





「―――なんて現実逃避してる場合じゃねぇ・・・!!!!」


 シンは座り込み一人頭を抱えながら、そう呟いた。

今いるのは深く生い茂る山の中。

ついでに周りに人は一人もいない。


・・・たぶん。


 何せ今は目が使えないのだ。

注意深く辺りの気配を探ってみるが、あの鬼相手じゃそれだって無駄に終わる。

それにため息をつきながらも、なんだか立ち上がる気力も無かったので、そのまま背を気の幹に預けて、見えない空を見上げた。

 そもそも、なぜ自分がこんなことをしているのか・・・というか、こんな状態にあるのか。

シンは、数時間前へ想いを馳せていた。


「いやぁ、綺麗な景色だね〜。」


今日、知り合ったばかりの青年は、山の頂上から見える景色に、のんきにも見とれていた。

その背後には、屍累々。・・・否、肩で息をし、へたり込んでいる少年二人が。

 言わずともがな、シンとレイの二人である。

力なく地面と仲良くなってる二人をちらりと見、青年はおざなりに「大丈夫?」とか言い出した。

 だが、その口調には全くと言っていいほど心配しているような響きはない。むしろ、「何やってんの」とでも言いたげな、呆れたような物言いだ。

そんな態度が頭に来なかったわけでもないが、言い返す気力も体力もなく、シンはただただ息を整えることに意識を集中させた。

しかしなぜ、シンたちがこんなにも疲れたような状態かというと。



それは、更に数時間の時を遡ることとなる。


「僕、キラ。ヨロシクね?」

そう言って穏やかに微笑み、互いに自己紹介したのは、まぁいい。

第一印象こそは最悪だったが、なんだか感じのいい人っぽかったし。

 それから早速、漸く明るくなってきた空の下、「鬼」といわれる青年との、長くなる旅が始まったのだった。


道すがら、此度の旅について話される。


「ココからジュール王国まで、急いで行って一週間ほど。でも君達の指導もあるから、実施二週間はかかるかな?」


 そこで、聞き逃す事の出来なかった疑問を述べたのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。


「? 指導って・・・何ですか?」


 なんだか殿と友のようにくだけた口調で話していたキラと、また友のように話すのはなんとなくはばかられ、敬語でシンが話しかけると、キラは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑み、答えた。


「君達の頭領と主殿から頼まれているんだよ。君たちの能力向上をしてくれって。・・・頑張ってね?」


 何が、スイッチになったのかはわからない。だがキラは最後の「頑張ってね?」という台詞を言う時、嫣然とした笑みを浮かべ、雰囲気も変えたのだった。

 先程までの穏やかだった空気はどこへ、とでも言いたくなるほど・・・背後の空気は末恐ろしかった。
なんというか・・・黒い。黒いもやが見える・・・!

 シンがそう思い、思わず目の錯覚か、と思い目をこすると、次に目を開いた時は一変して、キラの雰囲気は元の穏やかなものに戻っていた。

 その時は、さっきのはやっぱり目の錯覚だ、と思い込み、そのまま何事もなく歩き始めるキラの後をついていったのだが・・・甘かった。


 どんどんと歩を進めるキラについて行きながら、シンはまた、訊ねた。


「あの、キラさん。指導って具体的に何をするんですか?」


と。するとキラは立ち止まり、先程のオーラをまたかもし出しながら、微笑んで言った。


「ブルコス仕込みの地獄の特訓v 詳細は後々に、ねv」


と。あぁ、さっきのはやっぱり見間違いなんかじゃなかった・・・と乾いた笑いを浮かべながら、隣のレイが恐る恐る、といった感じに発する言葉を聞く。


「ブルコス、ですか・・・?」


それはシンも気になっていた。全く聞いた事の無い名称。そこ仕込み、といわれても、全くピンと来ないのだ。

だが、「地獄の特訓v」のときになんとなく背筋が凍りつくような感覚がしたので、きっと恐ろしいものだということは簡単に想像できる。

 こういう勘は昔からすごすぎるほどに当たるのだ。

しかもなんだかかわいらしく言われたが・・・それが逆に恐ろしい。

微笑むだけで答えようとはしないキラに、いったい何をやらされるのだ・・・と、シンとレイが顔を青くしていると、彼は「まず手始めに・・・」と言い出した。

 それについつい過剰に反応すると、キラは苦笑し、続けたのだった。
このあたりで一番大きな山を、指差して。





「あの山、一時間で頂上まで上らせるから」


そうして、その言葉通り山のぼりを開始したのだが・・・。

普通は、この山・・・!一日、かけて、上る、山、なのに! なんで、一時間!!!?

 山に入った途端、木々の太い枝を渡るように、キラが山を疾走に近い形で上り始めたのを必死に追いかけながら、シンは心の中でそう叫んだ。

 言葉に出す余裕なんて走り始めて5分ほどでとっくに消え、10分たった今では心の中でさえ流暢に言葉を発することも出来なくなっていた。

それほど、彼の足は速い。
時々枝を踏み外しそうになりながらも、シンもレイも、必死にキラの後を追っていた。

 別に「付いて来れなかったら罰則」といわれているわけではない。だが、キラの背中には、「付いて来れなかったらそこまで。即切り捨ててやる」という意思がひしひしと伝わってきていて、自分のためにも国のためにも一族のためにも、とにかく死にもの狂いで付いていくしかないのである。

 まだ、自己紹介をし合ってからのべ3時間ほどしか経っていないが、道中、キラの垣間見えるその容赦なさは、すでに身にしみている。

 頭領と殿直々に頼まれている事なので、反論なんて出来ようはずもなく。


キラのいう「地獄の特訓v」に、もはや意地でついてきているような二人なのであった。


 30分すると、呼吸がすごく困難になってきた。きっと標高が高くなってきているから、気圧が低く、空気が薄いんだろうな・・・と思いながらも、今までに感じたことのない苦痛に、眉を顰めながらも、まだ、黙々とついていった。

 50分すると、すでに思考も朦朧としてきた。もう、無意識の範囲内で木の枝々を渡り、意識はただ、キラの背中のみに向いていた。

そして、一時間丁度。

 漸く見えた頂上に、レイとシンは数分、安堵のためか、意識を失った。







「・・・頑張ったじゃないか」

キラは、意識を失ってしまった二人の頭を撫でながら、慈しみのこもった視線を、彼らに向けた。

訓練中、彼らにこういった感情を見せる気は毛頭ない。優しい教官なんて、いらないのだから。

 それはともあれ、初めてで最後までついて来れるとは、正直思っていなかった。

 しかし予想を裏切り、こうして意識を失うほどに必死についてきた彼らは、もはや賞賛に値する。

 幼い頃から訓練してきたのだから、半分くらいついて来てもらわなくては困るな、と諦め半分で思っていたくらいだったが、どうやら自分は彼らを甘く見すぎていたらしい。

もしかしたら彼ら、鍛え方によっては敵なしになれるかもしれない。
 そう思わせるほど、今回の彼らは、キラの予想以上に頑張ったのだった。


 自分達とは真逆に、息一つ乱さず、汗一つかいていないキラを見ながら、シンは思考をめぐらせていた。

 ぴったり一時間だった。その間スピードを緩めることなく、ずっと一定の早さで走るキラは、慣れていたのか、そういったことが得意なだけか偶然か、シンには全く見当も付かなかったが、とにかく、キラの凄さを再確認させられたのだった。

 まだ動けない二人に苦笑して、「まだ早いけど、昼食の準備をしてくるね」と言ってまた下に下りていってしまったキラを見送りながら、シンは懐から、妹の形見となってしまったお守りを握り締め、決意を新たにしたのだった。

(あの人に付いてく。最後までついてく・・・。そうすればきっと力もつく、もっともっと力を得れる・・・!そうなれば・・・!)

憎き彼の国を、滅ぼすことも可能かもしれない。

そう、暗く笑ってお守りを胸に抱く彼を、戻ってきたキラが、静かな顔で見ていたのに、シンが気づくことはなかった。







 キラの用意した昼食を食べ終わり、さぁ、下山しよう、と立ち上がった二人に差し出されたのは、厚手の細長い布。

なんだ?と疑問の視線でキラを見ると、キラはにっこり笑って、まずシンに、それからレイに、その細い布を巻いてやった。

場所は、丁度目を隠すように、頭部へ。

 それに困惑しながらも、キラのする説明を聞く。

「あと一時間ほどで、日は南天に昇るよ。今から日が沈むまでに、君たちにはふもとまで下りてもらう。その目隠しを取るのは禁止するから。」
 時間は十分あるんだし、楽勝でしょ?そう言うキラに、一応頷いておきながらも、すこし不安に思った。

だって、全く前が見えない。厚手だから、透けて見えるようなこともない。

それを言えば、キラはあっけらかんとした声で、言った。


「僕は、夜に仕事する時はいつもそれつけてるよ。」


と。確かに、昨晩見た彼の瞳は発光していたから、目を隠すことは必要だろうが・・・。


「こんな分厚いのつける意味、あるんですか」


そうついついシンが不満げにこぼすと、キラが苦笑した音が聞こえ、続いて静かに呟かれた。


「僕だって、訓練は必要なんだよ」
と。仕事で訓練もしてしまうのはどうかと思ったが、とりあえず納得して、キラの指示通り出発し始めたのだった。

「始めは僕が先導するけど。一分と経たない内に、僕消えるから。後は、とにかく下へ下へと行ってね。んじゃ、行くよ?」

 そう言って、足を踏み出した。

先程よりは格段に遅いが、それでも速い足に、苦労せずついていく。

 視界が見えなかろうが、頼れる足音があるのだから、普通にそれについていくだけでいい。

そのくらいなら、簡単に出来るのだ。


 そして、一分。先程まで感じていた気配が、唐突に消えた。

だが、まだ足音がする。それを頼りに、シンは足を進めて行った。

 そして更に一分後。ついにその足音も消え、何時の間にかレイの気配と足音も消えていることに気付いたのだった。

 しかし、気にせず進もうとしたが、それは失敗に終わった。


無様にも、次の枝に乗り移ろうとしたところで、それを踏み外して落ちてしまったのだ。


 先程までは足音がしていたところに正確に乗り移っていたから踏み外すなんてことは無かったが、まったく頼れるもののなくなった今、シンは途方に暮れてしまったのだった。







 そして、冒頭に戻る。



キラは、自らが投げた石の音に反応して全く違う方向に去っていくシンを見送りながら、未だに後ろをついてきているレイを、ちらりと振り返った。

 すでにキラは気配も足音も消しているが、レイは構わずついてきている。

いや、そういうのは少し語弊があるかもしれない。何故なら、レイは先程のようにキラの使った枝をたどっていないし、段々と方向もずれてきているから。

 多分、本人はまだ近くにキラがいる事に気付いていない。

純粋に、キラと行く道が偶然一緒になってしまっただけだろう。

 彼はすでに、自分の力だけで枝を渡っているのだ。

その事に嬉しくなり、キラは気配を殺したまま立ち止まり、通り過ぎていくレイを柔らかな眼差しで見送った。


 先程の山登りの際、時間が立つにつれ、彼らは木の枝から落ちそうになったり、滑ったり踏み外したりなどのミスがなくなっていった。

終いには、キラのみに意識を集中させ、もはや枝を渡るのは無意識にやっていたのだ。

 それは、忍をするのに最も必要で、かつ出来るものが少ないという、技術。
第六感を働かせ、自分のまわり全体の気配を察知しながら、意識は一つのものに集中させる。

それは以外に難しいのだ。周り全体を満遍なく、だが鮮明に把握する必要があるのだから。

 レイは、その時の感覚をすでに自分の物にしたらしい。

優秀だな、と一人呟きながら、キラはシンが向かった方向へと足を進めた。


「はぁ・・・。どうしよ・・・」

シンは、木々の幹を頼りにしながら、地面に下りてのろのろと歩を進めていた。
視界がなくなり、頼りにする音が全く無いということが、こんなに恐いとは・・・。

何度もため息をはきながら、そう思って手を前に突き出して手探りで進む。

 途中何度も木の根や植物に足を取られそうになり、そのたびに意味もなく騒いでいたのだが、だんだん虚しくなってきた。

またため息を吐き出し、このままでは絶対に日の入りまでに下りられない、と思いながらものろのろと進むシンに、追いついたキラはため息をついた。

 これでは何のためにあんなに辛い思いをしてまで登頂したんだかわかったもんじゃない・・・。

キラは頭痛のする頭を抑え、このまま下山されても困るので、素直に声をかけてやる。

「君ね、それじゃさっき何のためにあんな苦しい思いをしたんだかわからないでしょう」

 すると、驚いたように声のした方向を見るシンに、キラはまた、ため息をつきたくなった。

「登頂したときの最後の10分間を思い出してごらん。じゃぁ、僕は先に下山して待ってるから。」

それだけ言うと、本当にそのままその場を後にした。

 これが、精一杯の譲歩だった。これでまだわからなかったら、彼もそこまで。頭領はレイに決まる。
そんなことを考えながらも、キラは、全く、シンがそうなってしまうとは思っていなかった。

きっと、彼はすぐに気づく。そして、今度こそ先程と同じようなスピードで走れるようになるだろう。

 そう、確信していた。


「最後の10分間・・・?」

歩きながら、キラの残した言葉を考え、シンはおとなしく“最後の10分間”を思い出すことにする。

 凄く、きつかった。でも、何とかついていっていた。意識もかなり薄れきてたけど・・・。

・・・それが、なんだ?

でも、きっとキラさんが言いたかったのはそんな事じゃない。何があった?俺は、どんな状態だった?

 自問自答を繰り返し、シンは目を瞑り、先程のことを思い出していた。

真っ先に思い出すのは、煩わしいほど良く聞こえる、自分の荒々しい息遣い。そして、教官の後姿。

・・・それくらいしか、思い出せなかった。

 どんな景色だったのかとか、隣にいたはずのレイとか、上ってきた道のりとかも、全く覚えていなかった。

・・・あれ?

そう、全くそれ以外に思い出せないのだ。
 幼い頃からの訓練で、シン達は、通ってきた道はしっかり記憶する癖がついていたはず。

シンの覚え方は、日の角度と時間からわかる方向、そして、通った木の本数と形。

人それぞれ覚え方は違えど、シンは幼い頃からずっとそれで通していて、それが例えどんな状況だろうと無意識に見て覚えていたはずなのだ。

 でも、それを、覚えていない。つまり、視界に入れていなかった。

なのに何故、自分は見えもしない枝を普通に渡れていた?シンは、もう一度、先程の自分を思い出してみることにした。

 荒い息遣い、青年の細い背中。やはり自分の飛び移っていたはずの枝は全く見ていなかった。緑の濃いにおい。全身に汗をかいてた。口の中も乾いていた。

五感で感じていた全てを思い出し、それでも答えが出なかったシンは、では、第六感は?と思い至った。

 記憶はしていなかった。けど、認知はしていた。見たわけでも、音がしていたわけでもない。

 シンは、第六感で木の枝の場所を認知し、枝を見ずとも乗り移ることが出来ていたのだ。無意識の範疇内の動き。これだ!と思い、シンは立ち止まって目を瞑った。

そして、先程の感覚を思い出しながら、意識を周囲に向ける。

 慎重に、丁寧に。

次第におぼろげながらもつかめてきた木々の輪郭に、シンは笑いを抑えるのに必死だった。

 数分も経てば、すでに完璧に感覚がつかめるようになっていた。

感じる木々。枝。その間隔、日の光。

 見えずともわかるそれに、シンは「よし!!」と笑って叫び、木に登って次々と枝を渡っていったのだった。



 山のふもと。

南に向かって下りる旨はすでに彼らに伝えてある。

 そして東は崖、西には大きな川が広がっているので、どこのふもとに着いても、必ずここに来れるだろう、と思い、キラはのんびりと南のふもとを一望できる木の根元に寝転び、午睡をすることにする。


 熟睡を装いながらも、実は少年らと時同じくしてつけていた厚手の布の下で、気配を殺して近づいてくる集団を、キラは油断なく見据えていた。






(あとがき)
 次回へ続く。暴れてもらいましょう。

そして、文中のブルコス・・・なんだかすでにお気づきですね!?
何かの略です・・・!
これ以上書くとネタばれになりそうで恐い!(笑

 てことで、一つ成長したレイとシン。
まずは力量から、という鬼教師の考えのもと、再教育が始まるわけです。
ちなみに一応彼が“指導”と言ったのは、“教育”と言ったらなんだかシンに噛み付かれそう、と思ったからとかだったり。



     
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