その数、軽く20以上。

 冷静に、徐々に近づいてくる気配を数えながらも、キラは全く動こうとはしなかった。



紫鬼 〜第肆話〜





(血の、におい・・・?)

順調に枝々を渡っていく途中、川のせせらぎが聞こえ始めた頃。
 風にほのかにまじる血臭に、レイはわずかに眉を顰めた。

しかし、まずは任務遂行、と考え、下りていくことに専念することにする。

だが、不意に脳裏に甦る声が、集中する事を邪魔した。


『君には、足りないものがある』

苦笑とともに出された言葉には、レイは沈黙を貫くことしか出来なかった。

今、それを思い出しても、同じ。「足りないもの」がなんなのかまだわからない。

彼は続けてこうも言った。


『彼なら、君の足りないものが何なのか見つけてくれるだろう。たくさん勉強しておいで』


と。その慈しみのこもった瞳に戸惑わなかったといえば嘘になるが、レイはその感情をもはや癖のように押し隠し、ただ無表情に「はい」とだけ答えたのだった。

 言っている言葉の意味も、“彼”が誰なのかもわかっていないはずなのに、疑問の視線を向けることなく即答したレイに、デュランダルはただ苦笑を深めていた。


しかし今なら、頭領の指した“彼”が誰なのか、わかる。

言わずもがな、あの「紫鬼」と名高い、キラ・ヤマトのことだろう。

 まだ知り合って一日と経っていないが、かの麗人の人となりは大体把握できた。
・・・ような気がしないでもない。

大体わかっているはずなのに、まだ何かあるような気がする。酷く裏表がある性格のように思えて仕方が無いのだ。


 まず始めの印象は、「恐ろしい」だった。
知らぬ間に貼り付けにされているという、事実が裏付けるその実力。
更に、猫のように光る目。

 畏怖か、嫌悪か・・・わからなかったが、知らず自分の腕に鳥肌が立っていた事に気付かされたのだった。

 次に、明けていく空の下で会った時は、「いい人?」だった。
にじみ出る優しさ、穏やかさ。

先程とのギャップは何だったのだ、と思わず心の中で呟いていたほどだ。

 本当に雰囲気も顔も穏やかで、連想させられたのは凪の海。

―――後にそれが、結構的を射ていたことに気付かされる。

次に、道中シンの質問に答えたかの人を見て思ったことは、また「恐ろしい」だった。
・・・いろいろな意味で。

何故か雰囲気が黒かった。そう、感じた。
隣にいたシンだってそう思っていたはずだ。かの人の黒いとしか言いようの無い笑いを見たとき、無意識だとは思うが、一歩後ろに下がっていたから。

 そして、「ブルコス仕込みの地獄の特訓v」・・・。
キツイものではあったが、ひじょうに為になったものでもあった。

 着いて行くのに必死ではあったが、途中、ふと前を行くシンがいつもの「癖」を実行していないことに気付いたのだ。

彼は、どんな時だろうと太陽の角度、木の形等を記憶する癖のようなモノがあるため、移動中よく余所見をするのだ。
だが、今回はそれがない。ただ一身に前・・・かの人の背中を見つづけていた。

 それに気付けたのは幸運でしかないだろう。

お陰で、その時の自分も、同じような状態である事に気付けたのだから。

それにより、早々とかの人の目的を察することが出来たのだ。この感覚。きっと普通に忍を続けていても身に付けることは困難であっただろう、そんなモノなのだ。
 それを教えてくれたことは、素直に感謝したいと思う。

それから・・・ついさっきの「あれ」。

 少なからず衝撃を受けた。

自分の頭を優しく撫でるその手と、すでに身に付けていたその感覚があったからこそ気付けたもの。

 きっと、あれが本来の彼の姿。

優しいとしか、言いようの無い表情。慈しみという、綺麗な感情。

それを思い出し、レイはふと、あたたかい気持ちになり、微笑んだ。

興味深い・・・面白い人だ。忍の鑑のような人なのに、自分と違い、色々な面を持っている・・・。

そうも、思った。

だが、自らのその考えと表情に気付いた瞬間。


『忍に感情は必要ない。任務遂行のことだけを考えろ。』


すでに、何年も前に命を落とした父の顔と声が甦ってきた。

生まれた時から、くどいと言うほど聞かされた言葉。

「・・・何をやっているんだ、俺は・・・。」

その脳裏に聞こえた言葉に、やけに己の緩んでしまった表情と感情への苦々しい・・・罪悪感のような感情を刺激され、吐き捨てるように己を叱咤する。

 それから、何時の間にか自分の足が止まっていたことに気付き、表情を引き締めると、今度は何も考えないように自分を戒め、枝を渡り始めたのだった。







「・・・血のにおい・・・?」

順調な下山の最中。シンはふと、馴染んだ、だが決して好きにはなれないにおいを嗅ぎ取り、その足を止めた。

 確かににおう、あの錆びたような、胸糞悪くなるにおい。

それを確信した瞬間、シンはまだ日没までに時間があるのを確認し、風上へと足を返したのだった。


 そして、より一層濃いと感じるにおいの中。

もう、ここまで来ると確信する。
これは、ちっとやそっとの出血量ではない。

多分すでに、この血臭の主の命はないだろう。

そう思わせるものだった。

だが、足を止めるようなことはしない。
・・・もし、これが人間の血のにおいだったとしたら・・・? ―――確かめないと、気がすまない。

そう思い、シンは迷いもせずに血のにおいのより濃くなる方向へと足を進めたのだった。


 そして、ついに、見つけた。


「・・・生きてる!!!」


確かに感じる、獣ではなく、人の気配。

どのような状況なのか見えないことがもどかしく感じながら、シンは急いでその気配の元へ向かおうとした。

その、瞬間。


「お、人!!よかった、動けないんだ!!手を貸してくれ!!」


という、やけに明るく、快活な声が。

絶対瀕死の重傷だ、なんて考えていたから尚更、それにはあっけにとられた。

そして、思わず足も止めてしまい、一言。


「・・・あんた、怪我して・・・?」


なんかそんな感じしないけど。
あ、動けないとか言ってた?

そんなことを呆然と考えながら、返される返事を聞く。

「そうだよ! 足くじいたんだ! ・・・ってかなんでお前目隠しなんてしてんだよ」

その返答を聞きながら、シンはかなりどうでもいい事を考えていた。


・・・・・・・・・・こいつ、女だよな・・・?


と。確かに声は、低めの女の声なのだが、口調はそこら辺の町民の男みたいなのだ。疑ってしまっても仕方が無かろう。

ちょっと混乱しながらも、漸く足を動かしてその人物へ近づいていく。


「・・・いいだろ、こっちにだって事情があるんだよ。それで、あんた、怪我は足をくじいてるだけ?」

「そうだよ。なんでそんなことを聞くんだ?」

「いや、だってこの血のにおい・・・。」

「んぁ?あぁ、そりゃあれだ。」


そう言ってどこかに指を向ける。

だが見えないので、気配を調べる。


大きな物体・・・動かない。死んでる・・・てか、獣くさい・・・。


そんなことを思っていると、更に足をくじいている女だと思われる人物が、言葉を続けた。


「ぁ、目、見えないんだよな。クマだ熊。退治したはいいんだけどさ〜。木の根につまずいちゃって、足くじいちゃったんだ。わかるか?」


と。・・・退治したのか、あんたが?とか、抜けてんな・・・。とか、馬鹿じゃないんだからわかるっつーの。とか考えながらも、それを言うと反撃されそうなので、黙って彼女に近づいていった。


「わかる。じゃぁ、あんた、俺に負ぶされ。」


放っておくわけにも行かないし、このせいで遅れても、多分キラさんなら怒らないだろうし。

そう考えて、彼女の前で立ち止まり、背を向けてしゃがみこんだ。

それに、「お、さんきゅ!」とか言って、全くの恥じらいを見せずに背中に乗ってくる女をおぶり、シンが立ち上がろうとした、その時。


「・・・これ・・・!」


そう、彼女がシンの目隠しの端を握り、呆然と呟いた声が聞こえた。

それに「なんだよ」と聞くと、彼女はしばらく間をおき、呆然とした感じで、「これ、何処で手に入れた・・・?」と、質問で返してきた。

それにちょっといらつきながらも、やっぱり反論はせずに、素直に答えてやる。


「俺の師範っぽい人のやつだよ。今からその人のところに行くから、入手方法はその人に聞いてくれ。」


と、なんだか疲れたように。


・・・合わない、こいつなんだか絶対性格的に合わない。


シンはすでに、そのような結論に到っていたりする。

だが、そんな彼の心情なんてものともせず、彼女は何故か嬉しそうに言ったのだ。


「そうか!で、話は変わるが、私はカガリ。カガリ・ユラだ!お前は?」

何故いきなり自己紹介になる、と思わなかったわけではないが、ここで反論すると(以下略)

・・・なので、これまた素直に答える。


「シン・アスカ・・・。」


道中、何故かキラについて色々と質問されたが、シンは曖昧に濁しながら、とにかく下へ下へと、先程の倍くらいの速さで進んで行ったのだった。







「お、鬼・・・!」

ウィリアム・サザーランド。若くないながらも、かなりの腕で知られているジブリール付きの忍。

そんな彼が、今、この状況を見、思わず発してしまった一言が、それだ。

そういわれた青年は、だが全く気を悪くした風でもなく、くすりと笑ってこう答えた。

「ご名答。何、知らないで僕に向かってきたわけ?」





ザラよりジュールへの親書を持った者が、この山に登っていったという知らせを受け、向かえばなんと運良くその使者のうち一人が木陰で午睡をしていたので、チャンスと思い暗殺に向かったのだが・・・。


 成功すると、誰もが思っていた。


熟睡する人物は、華奢な体型で、武器など何処にも持っていない、虫も殺せないような容姿の持ち主。しかも何故か目隠しつき。そして、当然隙だらけ。

その、はずだったのだ。

なのに、その人物を亡き者にしようと刃を振り上げた瞬間、寝ていたはずの青年は消え、その代わり、刃を振り上げていた部下が首を変な方向に曲げていた。

 それを認識した、次の瞬間。

「がっ!?」
「な・・・!?」

自分の後ろにいた、他の部下達から、変な声がもたらされた。

すぐさま視線を後ろに向けると、そこには、先程の刃を振り上げていた男と同じように、首を不自然に曲げた部下が2人。

 そして、また、後ろで鈍い音と、もはや単語でもない、部下の声がする。

振り返れば、そこにはまた同じように、首を曲げた・・・いや、折られて絶命している部下が、3人。

 彼らが、ほぼ同時に地面に崩れ落ちる音が、やけにその場に響いて聞こえた。

「何事だ・・・!武器を持て!散会!!!」

サザーランドが厳しい声を上げると同時に、姿が見えなくなる残りの部下達。

いつもならその統制のとれた動きを誇らしく感じるものだが、今はもう、それどころではない。

 数秒、たった数秒だ。だがその間に、部下6人が殺された。

一瞬で消えた姿。近くに他の気配は無かった。そこから考えられることなど、一つしかない。

これは、あの青年の仕業だ・・・!!

恐るべき力に、サザーランドは体中に鳥肌が立つのを抑えられず、ごくりとのどを鳴らしたのだった。


 それからしばらくは静寂が続く。

先程まで聞こえていた鳥や犬の鳴き声すらしない。

木々のざわめきが近くでするたび、体から血の気が引いていく思いがする。

初めての感覚だ。今まで、数多くの死線を潜り抜け、暗殺・拷問を繰り返し体験してきていたと言うのに、この治まらない恐怖は何なのだろうか。

そんなことを考えていると、先程自分達がいた地点から、ドサリ、という音が聞こえてきた。

 思わず視線をやると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

見えるのは、山のように重ねられた死体。そのうちの一体が、いまだに青年の腕にぶら下がったままになっている。

 その、死体の数は・・・先程の6人とあわせて軽く15以上。


―――過半数を、やられた。


言いようの無い絶望を感じ、サザーランドはその場に膝をついてしまった。

その小さな音も、静まった空間では、十分大きく聞こえるもの。

当然、それは青年の耳にも届いていたようで、彼はすでに目隠しをとってある目でサザーランドを見、ふっ、と笑った。

 その恐ろしい笑いに、思わず声が、もれてしまう。


「お、鬼・・・!」
「ご名答。何、知らないで僕に向かってきたわけ?」


すかさず返された言葉も、顔も、限りなく穏やか。

だが、それが逆に恐ろしさに拍車をかける。この男は、笑いながら、この人数に手を掛けたのだ。







(なんだ・・・?)

漸く南のふもとに着き、安心したのもつかの間、レイはそこが異様な雰囲気をかもし出している事に気付いた。

 音が、しないのだ。そしてどこか張り詰めたような空気。

「目隠しをしたままでは、危険。」それを本能で察し、レイはすぐに目隠しをもぎ取った。

そして、その場に広がる光景に言葉を失う。

 山のようにつまれる死体。そして、そのうちの一体を掴む腕の持ち主は・・・、キラ・ヤマト・・・その人だった。

 見える顔は先程と同じように穏やか。とても、死体の山の傍らに立っているようには見えない。

それを、ただ呆然と見ていると、その視線に気付いたのか、キラがレイの方を見た。


目が合った瞬間、キラの目が驚いたように大きく開き、顔が強張ったのが、遠目にもわかった。





 ―――チャンスだ!!
いきなり現われた少年に、間の前の青年が意識を奪われたのを見、すぐさまそう判断して、サザーランドは部下に合図を送った。

 すると、3人は少年へ、残りの、サザーランド含め5人は、青年へと一直線に向かって行ったのだった。





「!」

ついつい呆然としていて、近づいてくる気配に反応が遅れた。

なんとか第一撃は防御できたが、後ろから迫る第二撃に、レイは反応することが出来ない。

それでも急所は避けねば、と無意識に体をひねったその時。

耳元で、空気の切り裂かれる音が聞こえたのだ。


 気付けば、自分を取り囲んでいた3人は、一人も動かなくなっていた。


皆一様に、飛んできた苦無で、急所を一突きにされていたから。

それを見、すぐにレイは苦無を投げたのであろう人物に、視線を戻した。


すると、一瞬向けられた、自嘲気味の微笑み。


その後すぐに無表情になり、自らを囲む敵を瞬殺としか言いようの無い体捌きで倒していくキラを、レイはただ呆然と見ていることしか出来なかった。



 ―――連想させられたのは、凪の海。

だが今は、「海」そのもの。

穏やだった波は、急変して嵐へと化し、船を沈没させるのだ。

母なる海と言われながらも、浅瀬で泳ぐ者さえも、時に容赦なくおぼれさせる、凪のはずの海。

深い深い、きれいな海。


彼は、否応なく「海」を、連想させるのだ。  




(あとがき)
れ、レイって書きにくい・・・。
なんかドリーマーっぽくなっちまいました。
ごめんなさい、レイ&クールなレイ好きさん!

レイの足りないもの、なんだかわかります?

そして、シンとカガリの遭遇。
ウチのカガリはいい子です。そして女傑。(失礼  



     
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