命令を受けてから約一日。かなり国境に近い場所にいたことが幸いして、少年たちはすでにザラ君国への侵入を果たしていた。 自国とは違い、どこかのんびりとした雰囲気のただよう国だ。 自国のことをよく知っているという訳ではないが、ただ漠然とそう思った。 紫鬼 〜第捌話〜朝食を食べ終わり、旅支度を終えて。 足を怪我しているカガリには悪いが、すぐに出発、ということになった。 なにしろキラたちは今、ザラ君国国主よりジュール王国国主への親書を携えているのだ。 早急に相手へと渡す必要があるのだが、少年達の修行も相まって、その旅路が少し長くなるのはすでに承知の事。 だから尚更、他の事に時間をかけるわけには行かない。 ならばカガリとは別行動をとればいいではないか、とは赤目の少年の言である。 だがキラはそれに苦笑と共に返したのだった。 「姫様をこのまま野放しにしているわけにはいかないんだよ。ウズミ様からも頼まれているしね。だからこのままジュール王国へと一緒に連れて行く。それからしかるべき手段でオーブから迎えをよこしてもらうよ。」 蛇足だが、野放しって、私は野生動物か!?しかもお父様め、余計なことをしやがって・・・!というカガリの声は、キラが綺麗さっぱり無視したのだった。 あまり良い手とは言えないが、昨夜の内に鳩も飛ばした。 鳥の癖に夜目の聞くトリィなら、今日中にはイザークの元へとたどりつけるだろう。 本当はオーブへも送った方がいいのだろうが、オーブは何しろ遠いので、トリィの危険や疲労を考え、後はイザークに便宜を図ってもらう事にしたのだ。 もし無事に届いていれば、イザークがジュール王国の国境に迎えをよこしてくれる。そうすれば、目的は予定よりも早い達成を向かえるだろう。 だが、キラは極力トリィを使いたくは無かった。 一応気配は探ったが、もしキラがトリィを放ったところを見られていたら、トリィは確実に仕留められてしまう。 また、そうでなくても伝書鳩は常に危険が伴うのだから。 ・・・・・・まぁ、トリィなら普通に弓矢だって避けそうな気がするが。 それでもやはり、キラは大事な友達に危険なことをさせるとわかっているので、気分が鬱気味だった。 カガリもそれが自分のせいだとわかっているのか、キラ達に同行すること、オーブに帰ることをあまり反論せずに了承したのだった。 「あ〜・・・キラ?大丈夫か?」 キラに背負われる格好になっているカガリが、気遣わしげにそう聞いてきた。 それに困ったように笑って返し、キラは背後へと小石を投げたのだった。 「ぅおっ!!」 キラの視線は進行方向から移っていない。 だが石はしっかりとシンの腕を狙っていて、避けたは良いが急な事に、シンは思わず変な声を出してしまったのだった。 「ほら、気を抜かない。」 キラは穏やかなのかキツイのかよくわからない口調でそう言い、今度はレイの足へ向けて小石を投げた。 が、予想していたのかそれは易々と避けられてしまう。 しかしそれでは終わらさず、すぐに顔面へと向かってまた投げた。 「・・・っ!」 今度ばかりは油断していたのか、レイは小さく息を飲み、危ないところでそれを避けたのだった。 キラはそれにふふふと笑い、足元にあった手ごろな小石を胸辺りまで蹴り上げては、空中で掴んで腰に括りつけたポーチの中に入れていく。 この一連の動作は背中に背負ったカガリに負担をかけない様にするため、ほとんど体を屈ましたりすることがない。 普通に動くにしたって上下動を全く感じないお陰で、カガリは大変楽をしていたのだった。 「いいよなぁ、楽出来て・・・。」 しかもキラさんの背中・・・。 ボソリとシンが呟いたのを聞きとがめたカガリは、「へへん、いいだろ〜!」とでも言いたげににんまりと笑って、首だけをシンへと向けたのだった。 それに悔しそうに地団太を踏むシンに、また小石が投げられる。 それを避ける彼を見ながら、レイは「こいつら年齢いくつだっけ」と内心思いながら、また自分へと向けられた小石を避けたのだった。 やはり、と言うのか、少年たちは大変筋が良かった。 最初は体の端から、と思っていたのだが、彼らが軽々と躱すのですぐに体の中央へと切り替えた。 そして、体の各所へとランダムに当てて行く。 それも結構簡単に避けられていたので、速さも付け加えてみたが、やはりちゃんと躱してくれるのだ。 この速さの段階にも慣れたらすぐ次の段階へと移ろう。 そんなことを考えながら、キラはまた小石を蹴り上げてはポーチへと仕舞っていったのだった。 数時間後、休憩所にて。 昼食を食べ終わり、キラはお手洗いへと行ったカガリを待ちながら、手持ちぶたさ解消のために小石を投げては掴み、投げては掴みを繰り返していた。 それを何とは無しに見ながら、シンが口を開いたのだった。 「あのさ、ちょっと聞いていいか?あんたいったい・・・」 シュッボスッ しかしそんなシンの疑問の声は、途中で遮られてしまった。 不気味な音と頬に生温かい何かが流れる感触に、シンは思わず口を止め、固まったままギギギ、と音がするくらいぎこちなく、ボスッという方の音が聞こえ方へと視線をむけた。 そこには、小さな、本当に小さな石が煙を上げてめり込んでいる、樹齢何百年もしそうな大木という、ちょっと信じたくない光景が。 それを見て思わず意識を失いそうになり、しかし何とか立ち直って頬に手をやってから見てみると、指の先に赤くテカる液体が。 またまた意識を失いそうになるのをなんとかとどめ、シンはゆっくり、そりゃもう顔を引きつらせて傍観していたレイがもどかしく思うくらいゆっくりと、石のめり込んだ木と自分の頬の延長線上へと視線を向けたのだった。 そこには、また新しい小石を弄んでいる、 ――――――先ほどの音は、貴方様が投げた石が空気を切る音と、それが木にめり込む音でございますね? と、内心での呟きなのに、意味も無くめっちゃ丁寧な言葉遣いになってしまうのは仕方の無いことだと思う。(だって黒のオーラが:再発) 「おおおおおおおおおおおお俺、ななな何か悪い事しましたでしょうかぁぁああ?」 あれ、なんかこの会話、前にもしたような気が・・・とレイとシンが思いつつも冷や汗を滝のように流してキラを見ると、キラはにっこりと笑い、前回とはまったく違った言葉を吐いたのだった。 「礼儀。言葉遣い。目上の者には礼節を。」 と、穏やかに。しかし目は針よりも鋭く、殺気すら漂うように。 一昨日の自分だったらここですぐさま反論するか、ふて腐るか怒るか掴みあげるかっていうか全部しそうな気がするが、とてもじゃないが今はそんなことはできない。 昨日一日で、反論なんぞしようものなら自分がどうなるかなんかわかっている。 きっと、手酷い制裁をうけるのでは無く、・・・置いていかれるのだ。 熱いのか冷たいのかよくわからない、それでいて穏やかな性格なのだろうけど、この人はきっと笑いながら自分を見限る。 ――――少なくともこの時点では、シンはそう思っていた。まぁ、キラが故意にそう見せるようにしていたのだが。 レイは微妙な顔で青くなったシンの顔を見ながら、彼の考えを悟り、内心で否定の言葉をかけた。 この人はそんなことしない。きっと叱咤してちゃんと道を示してくれる。 だがそんなレイの内心など知らず、シンは青い顔で「スミマセン・・・」と弱々しく言い、キラから視線をそらしたのだった。 あぁ、垂れたひげと耳と尻尾が見える・・・。 キラは内心そう思いながら密かに苦笑し、唇の端を引き上げ、言ったのだった。 「まぁ、尊敬できなかったり、目上とは思えない人物に対する時は演技だね。そう言う人物に限って自分に媚びへつらってくれる人物のことが好きだから、適当に尊敬する演技して、適当に媚び売る演技して、適当に動いて利用する。相手に気付かれないように残るのは皮と骨だけって感じになるまで利用しつくす・・・・・・ってあれ?話それちゃったね。とにかく、この手は使えるから、覚えていた方がいいよ。」 いや、それって一応慰めの言葉なんですよね?にっこりと天使のように笑ってるけど言ってる事結構えげつないですよね?ってかあなた、そんな手をもしかしなくても普通に使ってたりします? ・・・・レイがそんな風に内心で呟いていたことは、誰も知る由もない。 シンは新たなキラの怖さを思い知り、けれどその何かをたくらんでいるような微笑に妙に安心して、「頑張って身に付けます・・・」と力なく呟いたのだった。 気を取り直して。 言葉使いに気をつけなら、シンはもう一度口を開いた。 「えっと、お聞きしたいことがあるのですが・・・よろしいですか?」 妙に丁寧になった口調に苦笑し、キラは「僕相手限定で、昨日と同じ位の硬さでいいよ。あくまで僕限定、ね。」と言った。 それに安堵したようにため息をついたシンを見、キラは続けて言ったのだった。 「それで、聞きたいこと?・・・・・・答えられる範囲なら、いいよ。」 わずかに目を細めて、そう。 シンは思わず息を呑みながら、今朝からずっと気になっていた言葉を吐いた。 「貴方が武士の家の出なら・・・その忍としての技術は何処で手に入れたんですか。」 幼少の時から訓練を受けていたシンたちを、はるかに凌ぐその実力。なのに彼は忍一族の出では無いのだという。 ならば何処でその常軌を逸したともいえる技術と体力を身につけたというのだろうか。 ―――自然と身についた、と言うには完璧すぎるのだ。 疑問に思っても仕方の無いことだろう。 だがシンは、その質問を聞いたキラを見たとき、柄にもなく後悔した。 「ぇ・・・・・・?」 ・・・・・・キラが、動揺している? 先ほどから答えも、ごまかしの言葉も、彼の口から出てきてはいない。 ただ、瞳孔の伸縮を繰り返して固まっているのだ、彼は。 思わず息を呑んで、それからすぐに声を掛けようとした、その時。 「悪い悪い、遅くなったなっ!いやぁ、結構混んでてさぁ・・・ってあれ?お前らどうしたんだ?」 という、カガリの快活な声が聞こえたのだった。 3人の間に漂う微妙な雰囲気を察したのだろう、怪訝な顔をしてこちらに歩いてくるカガリの無神経さに舌打ちしそうになったシンは、穏やかに笑って「ホント、遅いよカガリ。」というキラに驚き、瞠目して彼へと振り返った。 そこには、先ほどの動揺が嘘のように笑う、青年が。 思わず先ほどのことは錯覚か、と思ってしまったが、その可能性は早々に切り捨てる。 だがまた話を蒸し返す気にもなれなくて、シンは結局舌打ちをして、話の再開を断念したのだった。 「・・・・・・さっきは、ありがとう。」 あれから数時間後、歩きながら猛スピードで突っ込んでくる石を避ける(何しろつい先程その威力を見せ付けられたばかりなので、二人とも結構必死だ)ことでぐったりし始めた二人をよそに、キラは小声でカガリにそうささやいた。 カガリは照れたように笑いながら、「やっぱりバレてたか」としか言わなかった。 そう、実はカガリ、シンが口調を改めた辺りから、すでに戻ってきていたのだ。 まかりなりにも獅子と呼ばれた男の娘だ。キラに意識が集中していた少年達から、気配を隠す事など容易い。 なんだか面白そうなので姿を現さずに見ていたのだが、そうしていてよかったと心底思った。 だがやはり、キラにはばれていたらしい。・・・始めっから隠し通せるとは露にも思わなかったが。 しかし・・・とカガリは思う。 キラはあの時、動揺していたのだ。 自分が知る彼は、“それ”関係の話になると、酷く感情というものを忘れたような瞳をした。 印象に残っているのは、虚無に染まる紫水晶。 カガリはそれが好きではなかった。 父親の隣で初めてそれを見たとき、不覚にも鳥肌が立ってしまったほどなのだ。 何も移さない瞳――――それを思えば、あの動揺は良い変化なのではないのだろうか。 もしかしたら違うのかもしれないが、そうであればいい、とカガリはキラの肩口に頭を押し付けながら思ったのだった。 辺りはすでに夕闇で覆われている。 目的地――宿屋がある町――まではまだ少しある。 本当なら今日は野宿する予定だったのだが、 本人に言えば軽い調子で「野宿OK。」と親指を立てながら言いそうなモノだが、キラがそんなことは許さなかった。 「少し速めた方がいいかな・・・。」 疲労困憊の少年達をせかすのは少々気が咎めるが、致しかたなかろう。 そう思って振り返って声を掛けようとした、その時。 反射的にキラは数歩後ろに下がり、目の前を通り過ぎた鋼の残光に目を細めた。 後ろでは鋼の打ち合う音が二つ。 ここまで近づいていたのに、気配に気付かなかった!? キラが内心で臍をかんでいると、先程の剣戟の持ち主がもう一度こちらへと剣を向けてきた。 目の前の人物は黒装束、覆面をしていて素性がわからない。 だがキラは迷わず苦無を三本引き抜き、背後へと二つ、目の前の人物に一つを投げたのだった。 そちらに気を取られているうちに、素早くカガリを背からおろし、逃げるように言う。 目の前の人物達に油断なんて出来ないと悟っているで、滅多に出さない全力を出して瞬時に辺りに他の気配が無い事を確認し、カガリを促してからこれまでに無いほどの殺気を闖入者たちへと向けたのだった。 いきなりの首筋を狙った剣戟を止められたのは、奇跡に近かったかもしれない。 いや、違うだろう。きっと昨日と今日の指導により、格段に向上した反射神経と空間把握能力、それと動体視力があったからこその反応だ。 頭の片隅でキラに盛大な拍手と感謝を送りながら、シンは第二激を与えようとしている相手から間合いを取った。 そして、次の瞬間には。 「・・・っ・・・!」 目の前の人物の腕に、苦無が深々と突き刺さっていたのだった。 考えるまでも無い、苦無を投げたのはキラだろう。 だが驚くべきところはそこではないのだ。苦無はシンが目で追えないほど、素早く敵の それを、目の前の人物は腕を前に出す事で防いだのだった。 驚くべき反射神経、動体視力だ。 それだけで相手の実力がわかり、シンが一瞬「勝てない」と思ってしまったその時。 背中を感じた事の無いほどの悪寒が走ったのだった。 敵前だと言うのに、思わず体の動きが止まってしまう。 全身に鳥肌が立ち、なのに冷や汗が滝のように体や顔を伝う。 足が震え、無様にも腰が抜けそうだ。 これは、紛れも無い―――――――――殺気、だ。 一分でもこの殺気を浴び続けたら神経がおかしくなりそうだ。 それほどの、恐怖。 それは目の前の・・・否、合わせて三名の闖入者も同じらしく、皆一様に固まって、信じられぬ程の殺気を放つ人物に視線を向けていた。 何時の間にかすっかり日は沈んでいて、その人物の顔は特定できない。 ただ、見えるのは無気味な、猫のように光る紫の瞳―――――・・・。 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・」」」 知っている、この目を知っている。この目の色を知っている。この人物を、自分は―――知っている、はずなのに。 闖入者三人が動けなくなっているのを見、キラが彼らを殺そうと、苦無をまた3つ取り出した、その時。 「あ、あああぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!」 苦しげな少女の声がその場に響き渡ったのだった。 この声に覚えがある。思わず殺気をしまうと、少女は・・・いや、他の二人も合わせ全員がその場に崩れ落ち、少女と他の黒装束の二人が頭を抱えて苦しげに唸っている。 キラは信じられないモノを見るかのように目を見張り、少女へと近づいていったのだった。 そして、呟くように言う。 「ステラ・・・・・・?」 それから、残りの二人に視線を向け、 「アウル、スティング・・・・・・?」 と、呆然と言ったのだった。 自分の名を呼ばれたことで我を取り戻したのだろう、だが激しい頭痛と殺気から抜け出した安心感で脱力してしまい、すっかり殺意は消えた声で少女が呟いた。 「だ、れ・・・?貴方なんか、知らない・・・。知ら、ないはず・・・・・・!」 キラは一瞬その言葉に息を呑み、憎しみを吐き捨てるように言ったのだった。 「記憶を消されたか・・・・・・クソッ!」 らしくも無くそう悪態をつくのを、シンとレイは呆然と見ていた。 そして、耐えがたい雰囲気の沈黙が流れる事数秒。 急に闖入者たちが動き出し、いまだ力が抜けたままの少女を引きずるように、去って行ったのだった。 だが、それは襲撃された時の唐突さとは違い、どうにか追いつける速さである。 だから追いかけるため、シンとレイが頑張って膝に力をいれようとしたが、キラがそれを制した。 「・・・・・・いいよ。今回は逃がしてあげて・・・」 と、今にも泣きそうに、儚く笑うから。 シンもレイも、理由も聞くことが出来ず、ただキラを見つめて冷たい地面に座っていたのだった。 ―――あぁ、あの子達も抜け出せたと思っていたから僕はここにいるのに。
生きていてくれたことはこの上なく嬉しいよ。 だけど、こんな事って――――・・・・・・。 (あとがき) ふふふ。次は過去編。多分来週にはUPできる・・・! しっかし今回は長くなりましたね〜。だからあとがきは短く。 ザラ君国が舞台、二年前の運命の日―――・・・(意味深に次回予告) |
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