精神的な疲れからだろうか。

キラは床についた途端、沼のように深い眠りへと誘われていた。



紫鬼 〜第玖話〜





 しゃら、と綺麗な装飾のしてあるかんざしが音を立てた。

それを受け取りながら、フレイはそっぽを向いて拗ねたように言う。

「なによ、物で釣ろうって言うの?」

こんな風に憎まれ口を叩いているが、髪の間から見える耳は真っ赤だ。

キラはそれを見、内心「天邪鬼」と笑いながら呟いて、フレイから簪を取り戻してしまう。

それに一瞬悲しそうな表情を浮かべるフレイにまた笑いそうになりながら、彼女の背後にまわって、器用にまとめた髪にその簪を差してやったのだった。


 真っ赤でさわり心地のよい彼女の髪は、キラのお気に入りだ。

知らず口元に微笑が浮かび、振り返ってそれを見てしまったフレイは、顔が赤くなるのを隠すので大変だった。





「キラ、今日も城下に行くのか?」

早々に仕事を終えてしまい、またいつものように外に出る仕度をするキラに、アスランが怪訝そうに声を掛けた。

キラは微笑み、ただ幸せそうに「うん」と呟いたのだった。

 それを見、アスランは実に面白くなさそうな顔をする。

つい最近まで、キラは自分とラクスのものだったのに。
そんな子供じみた独占欲を刺激されながら、アスランは“誰か”に会いに行くらしいキラを、ただ見送ることしか出来なかった。




 城から目的地まで行く道すがら、キラはフレイとの出会いを思い出していた。


その日は今にも雨が降りそうな天気で、所用で城下にいたキラは、急ぎ足で城へ帰ろうと足を進めていた。

 だがついにぽつりぽつりと雨が降り始め、キラは城の最短距離にあたる路地裏を走りながら、ふと足をとめて頭上へと視線を向けた。

視線の先には、軒下で雨宿りをする鳥の親子が。

 ふふ、と穏やかに笑いながら、キラは視線を前方に戻して足を動かすのを再開したのだった。



少し走り、キラはまた何気なく向けた視線の先で、奇妙な少女を見つけた。


重そうなかめを覗き込みながら、恐る恐る手を突っ込んでは戻し、突っ込んでは戻しを繰り返しているのだ。


 怪訝に思って足音を消して近づくと、少女は必死に瓶の中の“何か”を取り出そうとしているのがわかった。


だが何を取ろうとしているのかがわからなく、性格上このまま素通りすることも出来なくて、キラは静かな口調で少女に話し掛けることにしたのだった。


「何をしているの?」

「虫よ!瓶の中にいるから取り出そ・・・・・・」

疑問にすぐさま苛ついたような口調で返ってきた言葉は、途中で途切れてしまう。

それから、少女はギギギ、と音が鳴りそうなほどゆっくり、しかも顔を青くして振り向いたのだった。

どうやら作業に熱中していて、疑問に反射的に答えていたらしい。それを、言葉の途中でふと我に返り、近くに人がいた事に気付いたのだろう。

 顔が青くなった理由はわからないが、路地裏に男と二人っきり、と言うのが怖いのかな?と勝手に見切り、キラは少女ができるだけ自分を意識しないように瓶だけに視線向けて歩き出した。


そして瓶のすぐ目の前で止まり、中を覗き込んだのだった。


「・・・・・・・・・・・・クワガタ・・・・・・。」

虫、取り出す、といっていたが、これはいったいどういう状況なのだろう。

暗い瓶の中には、クワガタが一匹。しかも雨を防ぐ蓋もなかったので、すこし瓶に水が張っている。

 このままでは溺れ死ぬかも、と思い、キラはためらい無く瓶に手を突っ込み、クワガタを取り出した。

そして、少女の目の前に差し出す。

「はい。」

「いやあああああああああぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」

途端に響く絶叫。自分に繰り出された張り手を反射的に避けながら、キラは目を白黒させて叫び返した。

「ままま、待って!何、欲しかったんじゃないの!!?」

「そんなわけ無いでしょうが!!ただこのままじゃ溺れ死にそうだったから助けたかっただけよ!!」

少女はそう言いきって、それからしまった、とでも言いたげに口を両手で塞いだ。

 ならそうだと始めから言えば良いのに、と、優しい子なんだなぁ、ということをほぼ同時に考えながら、キラはもがくクワガタを開放し、少女に声をかけた。

「・・・・・・・・・大丈夫?」

あぁ、なんか間抜けかも。と思いつつも、叫んだ事で荒くなった息を整える少女の背を撫で、キラは困ったように苦笑したのだった。


しばらく経つと落ち着いたのか、少女はふてくされたような顔で、訊いてもいないのに凄い勢いで、さっきの状況の説明をしだした。

 曰く、ある少年がクワガタを捕まえたはいいが雨が降り出し、何を考えていたのかは知らないが、逃げないように瓶の中に入れてそのままどこかに行ってしまったのだという。

それをなんとは無しに見ていた少女が、放置して立ち去る事も出来ずに、虫を瓶からだそうともがいていたのだ。


キラは移動しつつも少女の話を聞き、雨宿りのできる神社の境内に腰を下ろした時には、すでにこの少女の性格がつかめてきていた。

どうやら、あのマシンガントークはただの照れ隠しだったらしい。

 顔はふてくされたようなままだが、見え隠れする耳は真っ赤だ。

どうやら「いいこと」をしようとした事を他人に知られたのが、恥ずかしくてたまらないようだ。

天邪鬼・・・と微笑ましく思いながらも内心で呟いて、キラはふと疑問に思ったことを口にした。

「・・・・・・虫、嫌いなのに助けようとしたんだ?」

十分に手の届く距離だったにも係わらず、クワガタをとり出さなかったのがその証拠。

心底嫌いならただ放っておけばよかったのに。

そう思ってつぶやくと、少女はばつの悪そうな顔をし、湿った髪を掻き揚げながらぼそりと言ったのだった。


「嫌いじゃないわ。苦手なだけよ。」

何処が違うのだ、と言いたげな瞳で少女を見れば、彼女はまた耳を染めてそっぽを向き、言う。

「どちらかと言えば虫は好きよ。人の手にだって出せない綺麗な色や模様をもってるから。私綺麗な物は好きだもの。
・・・でも、苦手。簡単に潰せちゃうから。見るのは好きだけど、触るのは嫌なのよ。・・・ちょっと力を入れたら、殺しちゃいそうじゃない。」

 そう、眉を寄せて。

キラは何だか意外な気がして、少女の横顔をじっと見、それからふんわりと、穏やかに笑った。

「・・・優しいね。」

その言葉に驚き、否定するために反射的に顔をキラに向けたフレイは、今度こそ顔が赤くなるのを防ぐ事が出来なかった。

 言われたことだって恥ずかしいし、何より、目の前の少年が随分と綺麗な顔で、慈しみのような表情を自分に向けていたから。

 赤面して言葉を飲み込んでしまったフレイをどう思ったのか、キラはフレイに殊更穏やかな微笑を向け、静かな口調で言ったのだった。

「でも、大丈夫。虫って結構硬いんだよ。それを捕獲する者に殺す意志が無い限り、簡単につぶれはしない。」

そう言って、どこか遠くを見るような眼で、キラは視線を空へと向けた。

いつの間にか雨は止んでいる。

「あなた・・・・・・?」

フレイが何か言いたそうにそう呟いたので、視線を彼女に戻すと、フレイはただ首を振って、「何でもない」と答えた。

 それから立ち上がって数歩進み、振り向きがてらフレイが言った。


「私、フレイ。あなたは?」

「キラ。ヨロシク、フレイ。」

分厚い雲の隙間からのぞいた日光が、彼女を優しく照らしていた。

湿った彼女の髪は、先程キラに血を思い出させたけれど、今、日に透けて輝くそれは、もっと綺麗な紅だった。


 目を細めて自分の髪を見るキラに、フレイは武士だった自分の父親の面影を重ねた。

「お前の髪は私が殺した者の血を思い出させる。」

ある日悲しそうな顔でそう言った父と、先程のキラは同じ瞳をしていた。

彼も、同じなのだろうか・・・父と。

 後髪を引かれるような思いをしながら、フレイはそのままキラと別れたのだった。



去っていくフレイを見ながら、キラは穏やかに微笑んでいた。

 気付いてしまった。自分の内に、ほのかに生まれた淡い恋心。優しくて心が綺麗で天邪鬼な女の子を、気に入ってしまったのだ。

だがもう会う事はないだろう、と思いながら、キラも立ち上がってフレイとは逆方向へと歩き出したのだった。




しかし、世間とは意外に狭いもので。

一週間としないうちに彼らは再会した。

 茶屋で猫を被ったように愛想を振り撒くフレイに、キラが爆笑してまた叩かれそうになったのも、今ではいい思い出だ。





「何よ、思い出し笑い?」

 いつの間にか目的地に着いていたらしい。自分を怪訝そうな目で見るフレイに、キラは微笑みを返した。

そして、彼女の髪にキラがプレゼントした簪が差さっているのを見つけ、どうしようもなく嬉しくなったのだった。





――――その日の帰り道。

キラは殊更人通りの少ない道を選びながら、城へと戻ろうとしていた。

 先程から気付いていたのだ。じっと自分を見る視線に。

それにわずかに殺気が篭っているのを感じ、キラはすぐにフレイに別れを告げた。

 いつもより短めの逢瀬に、不満そうな顔をする彼女に笑いかけ、「また来るよ」と言って別れた。

人通りの少ない道を進むたび、視線は増えていくような気がする。

 ―――この気配の消し方は忍だ。

何度か命を狙われたことがあるから、すぐに気付いた。

 さて何が目的か。と思いながら、キラは少し開けた場所で足を止め、振り返ったのだった。


「・・・・・・いい加減、出てきたら?」

挑発するようににやりと笑えば、物陰から黒装束の五人の姿が現われた。

 キラはその光景に目を細めながら、すらりと腰に差していた剣を抜く。

それから、堂々とした様子で言うのだ。この一連の動作は悲しい事に慣れきっている。当たり前のように、言葉は口から出てきた。

「何者だ。用件を言ってさっさと失せろ。」


「・・・・・・貴殿にお願いがある。」

しかしこのように言葉を返されたのは初めてだったので、キラは片眉を器用に上げ、視線で先を促したのだった。

すると、足元に投げられる袋。

反射的に口と鼻を押さえたが、その袋から毒粉の類は出てこない。

用心深く手を元に戻し、キラは目前の人物を睨みつけた。

「・・・・・・これは?」

「それを貴殿の主殿の食事に混ぜてくれるだけでいい。」

つまり、アスランに毒を盛れと?

キラはその申し出を鼻で笑ってはね返した。

「断る。」

それからはまたいつものとおり。

 申し出を断るならば死ねと言われ、死んでやってたまるかと返し、向けられる武器を弾き返して逆に自分の剣を首にお見舞いする。

 まさか反撃されるとは、しかも殺されるとは思わなかったのか、一瞬黒装束たちに動揺が走ったが、それもすぐに収まった。

 よく訓練されてるな、と思いつつ、キラはすぐさま黒装束の首から剣を抜き、襲い掛かってきた者からどんどん倒していったのだった。


投げられた苦無を剣で弾き返そうとすれば隙ができるから、そのまま体に受け止めて、投げた体勢のままの相手の首にきりつける。

 鎖のような物を投げられたら、鞘で受け止めて巻きつけ、相手が力をこめて引っ張った数秒後には手を放してしまう。

それによって体勢を崩した男の懐に接近し、また首を切りつける。

そして、その男の後ろからいきなり出てきた別の黒装束に驚きつつも、顔に突きつけられた刀を首をひねって避け、すぐさま相手の首に剣をつき返した。


ここで攻撃が一旦止まる。



―――いくら人通りの無いところとはいえ、城下にいるというのにキラが人殺しをためらわない理由はいくつかある。

一つは、今いる地点が比較的城に近いので片づけが簡単であること。
二つ目は、ここで自分が死んだらアスランに被害が及ぶことがわかりきっていること。

そして三つ目は、キラの中で、殺しに来るものは帰すな。という信条があるためだ。

 帰せばそれはまた自らの命を狙ってくる、と言うことを、キラは十年近く前にとっくに悟っていたのである。


ちなみに、一様に首を狙ったのは、首が一番防具をつけにくい場所であることと、一発で命を奪いやすいからだ。

それもまた、キラは忍との度重なる戦闘で悟っていたのだった。


 さぁ、最後の一人はどこから来る、と身構えたが、一向に来ない。

「・・・!逃げられたか!!」

キラはすぐそれに気付き、血まみれの通路と自分の体を気にせず、城へ向けて走り出したのだった。





「アスラン!!」

この血まみれの姿のまま正面から城に上がれば、凄い騒ぎになる。そんなこと考えなくてもわかっていたので、キラは幼い頃よく使った抜け道を使い、アスランの部屋へと直接向かったのだった。


幼馴染の切羽詰ったような声をききとり、すぐさま部屋から顔を出したアスランは、キラの姿を見るなり慌てたように近づいてきた。

「キラ!!?どうした、その格好は!!」

 その顔が今にも泣きそうに歪んでいるから、キラは苦笑して「全部返り血だから」といい、それから真剣な顔で切り出した。


「君の命を狙っている輩がいる。僕に毒を盛るように唆してきたから、食事に気をつけて。それから悪いけど、今から言う場所に手を回して・・・・・・」


 つつがなくアスランにそう言って、キラは自分に心配そうな視線を送るアスランに「着替えてくる」とだけ言い、その場を後にしたのだった。




「いてて・・・・・・。」

城の自分の部屋で。キラは上半身裸になって傷の手当てをしていた。

苦無を避けることが適わなかったので、あえてその身で受けていたのだ。


今回刺さったのは三本。

右肩、わき腹、左足。足もわき腹もかすり傷といえるものだったからいいが、肩はぱっくりいってしまってる。

 縫うか・・・と思って針と糸を取り出した瞬間。

「キラっ!」

という、焦ったような声と共に、ラクスが部屋に乱入してきた。

「うわぁぁっ!」

と、思わず着替えを覗かれた乙女のような心地を体験しながら、キラはバクバク言っている心臓に手をやり、ラクスを見た。

「ら、ラクス・・・。君女の子で僕男の子だってこと、わかってる?」

部屋に何の声もなしに入ってくるのは、ちょっとお止めになった方がよろしいのでは・・・と、なんだかズレまくった言葉を吐きながら、キラはさりげなく傷口をラクスから隠すように、服を纏おうとした。


だが、それを見逃すラクスではない。


ラクスは泣きそうに唇を噛みながらも、キラにずんずん近づき、勝手に手元にあった糸と針を受け取って言ったのだった。


「私が縫います。」

と。思わず「無理しないで」というと、ラクスは気丈にも顔を上げ、キラをしっかりみて答えた。


「大丈夫です。それに私、お裁縫は得意なんですの。」

そう、安心させるような微笑みを浮かべて。


キラは苦笑し、「アスランには内緒だよ?」といいながら、肩をラクスに預けたのだった。




 血と、蝋と肉の焼ける匂いが、部屋に充満していた。

キラもラクスも真っ青な顔で肩を縫い終わり、ラクスは熱した針を静かに置いた。

 それから、崩れるように膝をつく。


キラはそんな彼女をそっと抱きしめ、小さく「ありがとう」と言ったのだった。





―――翌朝。

 古風なことに、キラの部屋に矢文が送られてきた。

窓辺に刺さるそれを引き抜きながら、キラは微熱の出ている頭に手をやり、ため息をついた。

生憎と、幼い頃から傷になれた体は、縫合したあとも微熱程度で済む。

 喜ばしいことなのか悲しい事なのか。

判断のつけにくいところだな。と内心で呟き、キラは折り畳まれた文を開いた。


そして、文面に目を通し。


キラは目を見開いて固まってしまっていた。


 知らず、手からすべり落ちた紙に書かれていたのは。




フレイ・アルスター嬢を預かった。

彼女の命が惜しくば、指定の場所に一人でこられたし。

尚、誰にもこの旨は伝えることの無きよう――――――・・・・・・



・・・信じたくない内容だった。






(あとがき)
ついにやっちゃったキラフレ!

 う〜ん。しっかし古風っすね。脅迫状とか。いろんなことを定番通りにやってみました。

ってかフレイ、なんか性格違いますね・・・。
まぁ、それは全キャラに共通して言えることだからいっか★とか開き直ってみたりして。(苦笑

キラの夢(過去編)はまだ(ってか後一話)続きます。

暗い、暗いよ母さん・・・!(ぇ



     
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