「部下をね、持つことになったんだ。」

二週間に一度だけある逢瀬の夜。

夕餉を取っている途中、キラが唐突にそう切り出した。

 フレイは思わず箸を止め、キラを見返す。

「・・・えっと、おめでとう?」

誉めたらいいのか悲しんだらいいのか解らなかったので疑問系で祝辞を述べると、キラは苦笑して、おどけたように返したのだった。

「ありがとう?」

同じように疑問系で返されたら、からかわれているような気がしたのか、フレイが口をへの字にする。

 するとキラは少し笑って、いつも・・・のように、宥めるために彼女の頬に触ろうと手を伸ばしたのだった。


・・・・・・だが、その手はフレイに触れる前に元の位置に戻されてしまった。


 始めの頃はその不自然な動きを自然な動きでカバーされていたから気づかなかったけれど、流石に最近になったら気づいてきた。

 キラは、この国に来てから一度もフレイに触れようとしない。

困ったように笑う彼の痩せた姿を見て、フレイはものすごく泣きたくなったのだった。



紫鬼 〜第捨壱話〜





忍専用の演習場の中にある木陰で、一人涼みながら書類を読んでいる少年がいる。

 ネオはそれに気づき、自らの訓練を切りのいいところで切り上げ、彼に近づいて行ったのだった。

「ようキラ、お前、部下を持つようになったんだって?」

早いねぇ、と冗談半分に言うと、キラはほぼ無表情で、しかしどこか不快そうな口調で返したのだった。

 だが、その負の感情はネオに向けられているわけではない。多分それは、キラの手元にある書類に対する嫌悪の表れだろう。

「“化け物が化け物を管理するなんて、随分と見ものだな”、と言われました。」

「・・・・・・誰に。」

「皆が皆ですよ。国王からも直々に言われました。“お前にはぴったりの部下だろう?”とも言ってましたよ。」

 そう言いながら、キラは手元にあった書類をおもむろにネオに向けて放ったのだった。

 それを難なく受け取って目を通しながら、ネオは苦笑をこぼさずにはいられなかった。


「エクステンデット、ねぇ。特殊な薬と催眠術で強化した忍・・・。
っておいおい、まだ子供じゃないか。こんなのを出すってのか!?」


 そう、その書類に書いてあったのは、キラの下に配属されることになった三人の子供たちの詳しいデータ。

中にはネオが見てもわからない専門的なところもあったので、適当に読み飛ばしていたら、彼らの基礎データが目に入ったのだ。

見れば、年齢はどれも14、5。いくら何でも幼いのでは?とキラを見ると、彼は驚いたような顔でこちらを見ていた。

 その驚き様を怪訝に思って、なんだ、と視線で問えば、キラは苦笑をこぼして、ため息を吐くようなかすれた声で答えたのだった。


「はは・・・、ネオさんって本当に忍らしくないですね。その位の年齢なら、忍として十分動けますよ。」

その言葉と共に送られた、探るような瞳に一瞬肝が冷やされたが、ネオは尻尾を掴まれるようなヘマをして堪るか、とばかりに平静を装ったのだった。


 本来、ネオは全く・・・とまでは行かないが、ほとんど忍とは関わりのない、まっとうな環境で育ってきたのだ。よって、考えることの根元には“一般常識”と言うものが存在する。

 一般常識なんて通じないどころか知らない者さえ多い忍集団の中で、ネオは異質な存在と言えるのだ。

今まではこんなボロが出ることも無かったのだが、どうしてかこの少年の前に出ると気が緩んでしまう。

 気を引き締めねば、と内心で決意しているネオをどう思ったのか、キラが不意に視線をそらして、何事もなかったかのように続けたのだった。


「すでに実践にも出ていて、驚異的な結果を挙げているらしいです。」


お気遣い感謝します、と内心でつぶやきつつ、ネオはポロリと口から出そうになった言葉を危ういところで食い止めた。

『まるでお前みたいだな。』などと、この傷つき疲弊した少年に言ったらどうなるのか・・・容易に想像できるのだ。

 唯でさえ最近は表情という物が抜け落ちているというのに、これ以上心労を増やしたらどうなることやら・・・・・・あぁヤバ、考えたくないゎ。


「へぇ。」

と、とりあえず無難な返事を返してから、ネオは書類を熟読する振りをして、先ほどのキラの台詞を回想することにしたのだった。



『“化け物が化け物を管理するなんて、随分と見ものだな”、と言われました。』


――――――化け物・・・。


言わずもがな、これはキラとその部下のエクステンデットの子供たちを指す言葉だ。

そう言えば、彼らを直接見たという仲間から聞いたことがある。

 昔から実験を繰り返し、人為的に強化された驚異的な動きと、それに反する幼さが、恐怖と畏怖を呼び起こすらしい。

そして、キラは・・・・・・。

 忍として動き出したのはまだほんの数ヶ月だというのに、今ではブルーコスモス最強とまでいわれる少年。

 先日行われた死合では、少年は見事最後まで勝ち進み、自分の身と人質の少女の身を守ったのだった。


死合とは、上層部の馬鹿な賭け事の為に抜擢された十数名の者が、実際に死を覚悟して行う試合のことを言う。

 先日行われた死合では、国王がキラを指名した。


―――――――――最後まで勝ちぬけねば少女の命はない、という言葉付きで。


 当然キラも死に物狂いで戦い、それによって周囲に自らの実力を知らしめることとなったのだった。

 無表情で何人も瞬殺する様子は、本当に恐ろしいものだった。それを見ていた多くのものが、彼までもを“化け物”と呼び、敬遠するようになったのである。


ちなみにネオは、そんなこと全く気にしていない。本来の、少女を大事にするやさしい少年という面も知っているからだ。

一番最初に友好的な行動をし、以後も弟のように構っていたからか、キラはネオには多少心を開いてくれている。

 極たま〜に向けてくる微笑も、綺麗でお気に入りなのだし。


それを化け物呼ばわりは無いだろ・・・・・・と内心つぶやいていると、不意にキラが「ニヤニヤしちゃって何ですか。気色悪いですよ。」と手痛い言葉を送ってきたのだった。





 ネオから書類を返してもらい、指定の場所に行くと、そこにはすでに目的の人物たちが立っていた。

 予想通り骨格が未発達な子供たちを見て、キラは手元にあった書類を丸めながら、ため息を吐いた(自分の華奢に見える体型は棚どころか天井の上まであげている)。

無論、書類の中身は一門一句違わず覚えている。所々意味のわからないところもあったが、それは後々調べればいいだろうと思い、火までつけて完全に抹消してしまう。


ちなみに、今の彼の内心を言葉に表すとしたら、それは「面倒」の一言に限る。

何が楽しくて餓鬼の世話なんぞせにゃならんのだ・・・という投げやりな気持ちで、先ほどからこちらをじっと見ている子供たちに、「こんにちわ」と平坦な声で声を掛けたのだった。


案の定、返ってきたのは無言のみ。

 警戒心剥き出しでこちらを見る彼らに、なんだかどんどんやる気が奪われていく気がする。

キラはまたため息をこぼし、実は100メートル以上あった距離(声が届かなくてあたりまえ)を縮めるべく、歩き出したのだった。



「こんにちは、キラ・ヤマトです。君らの上官になったんだけど、聞いてるよね?」

今度こそ声が届く位置にあるというのに、子供たちは何の反応も返さない。

しばらく待ってみたが全く反応がなかったので、またも投げやりな精神で近くにあった木陰に腰をおろし、視線だけを自分に向けてくる少年たちの反応を、キラは待ち続けたのだった。



 だが、長くは続かない。



本日は春の始め、風は少々冷たいが日がやさしく照っていて、なかなか過ごしやすい日中。

 昼寝日和だ、と、うとうとし始めた思考で思いながら、最近寝ることのできなかった体は、持ち主の意思に反して活動を緩めていったのだった。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・寝て、る?」

「・・・・寝てるな。」

「忍としての自覚とか、無いのかこいつ・・・・・・。」

「無いんじゃねぇ?僕らがいる前で気持ち良さそうに寝ちゃってさぁ〜。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。・・・気持ちよさそう。」

「なぁ〜・・・・・・・・・っておい、ステラ!?」

いきなり寝始めた上官に戸惑いつつも小さな声で会話していると、不意にステラがその上官の方へ走っていってしまった。

なんだ、と思いつつも追いもせずに見守っていると、ステラは上官の隣で立ち止まり、音もなくその場に座ったのだった。

 そして、何を思ったのかは知らないが、いきなりその上官の膝に頭を乗せて、それっきり動かなくなってしまったのである。


 いやな予感がして近づいてみると、かすかに聞こえる二つの規則的な呼吸。――――寝息、だ。


「おいおいおいおいおいおい・・・・・・!」

スティングが額を抑えてそうつぶやいてみても、二人とも起きる気配が微塵もない。

 あ〜あ、と言いながらため息をつき、スティングがアウルを見ると、驚くべきことにそこにはトロン、とした目で今にも寝そうな顔をしているアウルが。


 何で!?と内心焦りながら「寝るなアウル、寝たら死ぬぞ!?」と意味不明な言葉をつぶやいて彼の肩を揺さぶってみても、揺す振られている当人の癖に「我関せず」とばかりにあくびをしているアウルに、スティングは彼を正気に(?)戻すことを諦めたのだった。


「何なんだよまったく・・・・・・。」

と疲れたように呟くと、辛うじて立っている状態のアウルから、意外にも返事が返ってくる。


「だってなんかこいつの周り、安心する・・・・・・・・・。」


そう言うや否や、アウルもまたステラとは反対側の上官の隣に腰をおろし、自分より高い位置にある彼の肩に頭を預け、それっきり動かなくなってしまったのだった。

 つまり、彼もまた眠ってしまったのである。


残されたスティングと言えば。


 アウルの言葉に促されるように上官の顔を見たことによって眠気を催され、彼もまた仲間たちと同じように、木に背を預けて眠ってしまったのだった。



では、問題のキラの顔とは。

 それは、先ほどまでの無表情は何処へやら、とでも言いたくなるほど穏やかで、口元には微笑が浮かんでいたのだった。







「こりゃまた、どういう状態だよ・・・・・・・・・。」


数時間後、目を覚ましたキラは、いつの間にか辺りがどっぷり暮れていることに驚きつつ、自分の体に寄せられる重さに更に驚いたのだった。


顔をちょっとずらせば、無邪気な顔で爆睡している少年が二人と、少女が一人確認することができた。

 最近、フレイとネオの前でしか緩まなかった顔の筋肉が、弛緩したのを感じたのだった。


「アウル・ニーダ。ほら、起きて。ステラ・ルーシェ、君も。」

思いのほか優しくなった口調と揺り動かす手を自覚しながら、キラは彼らを起こすために声をかけたのだった。

すると、まず最初に目を覚ましたのがアウルだった。

眠そうに目をこする彼に和みながら、キラは本来の穏やかな口調で「おはよう」と言った。


 すると、瞬時に見開かれた目、迫る苦無。

予想の範疇だったその行動を、彼の腕を握ることで阻みながら、キラは苦笑して言ったのだった。

「アウル。僕はキラだよ、君の上司。スティング・オークレーを起こしてあげて。」

すると漸く状況が判断できたのだろう、反射的に出した苦無を慌てて引っ込めるアウルにまた苦笑し、だがそれ以降動こうとしない彼に、キラは首をかしげたのだった。


「アウル・ニーダ?どうかしたの?」


すると、アウルは呆けたように開けっ放しだった口をようやく閉じ、なんといきなりキラの目に触ろうとしたのだ。


目潰しかよ!?とキラが内心焦りつつも少し身を引くと、アウルが指の進行を止めて呆然と呟いたのだった。


「すげー・・・・・・・・・綺麗・・・・・・・・。」


は?と言いそうになるのを慌てて止め、キラは困ったように笑いながらアウルの指をつかんだ(これ以上進まれたら・・・と思うと肝が冷えたため)。

そして、まだアウルが呆然と“自分”を見ることと、指の行き先を考え、キラは漸く彼が何を指して言ったのかを悟ったのだった。

「あぁ、目?」

「うん。猫みてぇ・・・。」

いや、君のほうがよっぽど猫みたいだよ、とは言わない。・・・・・・大体、先ほどまでの体勢と位置で、ステラとアウルは猫、スティングは猫を世話する犬だ、と見切りをつけていたりしたのは余談である。


だから、その代わりにただ微笑んで、「ありがとう」と答えたのだった。


「綺麗」と言ってくれたのは、彼で何人目だろうか。

たいていこの人間のものとは思えない瞳を知ったものは、気味が悪い、という表情をつくる。

それが無かったのは、幼馴染達と、自分の両親だけだ。

 できるだけ夜は人と合わないようにしているから、知らない者の方が圧倒的に多いのである。

ネオやフレイも知ったら、そう言ってくれるかな・・・とどうでもいいことを考えていると、不意に膝の上のステラが身動きしたのだった。

 それから、ゆるゆると目を開いていって第一声。


「・・・・・・・・・きれい・・・・。」


まず目を開いて見えたものがキラキラ光るものだったので、ステラはキラの気配に苦無を抜くこともせず、ただ目を見開いてそれに見とれていたのだった。


あぁ、ここにも一人、純粋にこの奇異な瞳を誉めてくれる人がいました。


キラはなんだか心が温かくなるような気を味わいながら、アウルにもう一度「スティングを起こしてあげて」と言ったのだった。



その後、キラの目を見て寝ぼけたスティングが「おぉ・・・・・すっげぇ・・・・・・何これ、欲しい。」とちょっと予想から外れた言葉を呟き、密かにステラとアウルからの鉄槌を受けたのは、また余談である。







「キラ?何かいいことでもあったの?」

また二週間経ち、部下たちとも随分仲良くなって、穏やかな微笑がキラの顔に戻ってきた。

 相変わらずやることは血生臭いことだけだが、それでも自分に懐いてきて、無邪気に笑う彼らと共にいると気持ちが安らぐのだ。

 なんだか嬉しそうに訊くフレイに穏やかに笑いながら、キラもまた、何処か嬉しそうに新しくできたばかりの部下たちについて話し始めたのだった。



「それで、ね。さっきステラと約束したんだ。今度海とか、花火とか見に行こうって。」

「いいわね。その子達は見たことがないんでしょ?きっと喜ぶわ。」


キラが楽しそうに話すから、フレイも釣られて楽しくなって、弾んだ声でそう言った。


するとキラは何かを決意したような強い瞳で、フレイひたと見て続けて言ったのだった。

「その時はフレイ、君も一緒にね。」

その言葉に驚くフレイに、意を決したようにキラが手を伸ばしてきた。
そして、恐る恐る彼女の髪に触れたたのだった。


 髪を優しく撫でるその懐かしい感触に、フレイは涙を抑えることができなかった。自制していたにも関わらず衝動的にキラの胸に飛び込むと、彼は戸惑いつつも、優しくフレイの背を撫でてくれたのだった。

「いっしょに、ね。」

「うん、一緒に。待っててね。」

「待つわ。でもお婆さんになる前に、ね?」

わかってるよ、とクスクス笑いながら会話する彼らの顔は、この国に来てからは考えられないほど、明るい。



 ついにキラが闇夜で瞳を晒し、フレイが目を輝かせて感嘆し。

フレイが暇を持て余して練習した琴を演奏して、キラも彼女に教えてもらった。

そんな何気ないことも、始終笑顔でし、彼らは夜を明かしたのだった。




――――――――それが、キラの記憶に残る、最後のフレイとの逢瀬だった。






「任務・・・・・・・・・?まさかこの人数で、と?」

「お前の目は節穴か?そう書いてあるだろう。」

「ですが、これは・・・・・・・・・」
いくらなんでも少なすぎる。



 ある日のこと。いつものように国王に呼び出されて指令を受け、キラは我が目を疑った。

ジブリールの任務はまず紙面に説明と共に書かれて教えられる。そして暗記したらすぐに跡形もなく処分するのが鉄則だ。

だが暗記する前に、キラは自分の手の中にある紙を粉々に破り捨てたい衝動に駆られていたのだった。


「ふん、化け物4人なら余裕だろう。国費も勿体無いしな。お前達だけで決着をつけて来い。これが任命書だ。」

そう言って渡された紙面に書いてあったのは、



―――――隣国ジュール国境付近にて、大規模な反乱発生。

至急赴き、鎮圧せよ。

また、反乱軍総勢は、5000人強と思われる。

裏切り者も含まれているとの報告も有り・・・・・・。




裏切り者・・・・・・つまり、ブルーコスモスを離反した忍。

それが含まれて5000人だなんて、いくら精鋭揃いでも無理があるだろう。

 だが、キラがそれ以上口答えをすることは許されなかった。

いつものように、「娘の命が惜しいならばとっとと行け!」と言われてしまえば、キラには成す術が無かったのである。


 怒りを必死に抑え、無茶苦茶な命令を伝えるために、キラは無言で部下の待つ城門へと足を進めたのだった。




(あとがき)
ちなみに。フレイが今までキラの瞳のことを知らなかったのは、
ザラ君国では夕暮れ前には別れていたから。
連れ去られてからは、朝まで明かりをつけた部屋で語りあっていたから。
まぁぶっちゃけ、知る機会がなかっただけ。

そしてなんと!過去編は4話も!!いくらなんでも長すぎでしょう!(泣
今までのんたらしすぎた分、次回はめちゃくちゃ急展開でいきたいと思います!!
 



     
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