ミネルバブリッジ内。
美しき女艦長が、腕時計に視線を落とした後、一つため息をついた。

「・・・一時間経過・・・。戦闘態勢解除発令。」

「了解。戦闘態勢解除発令。」

それに続くのはまだ幼いとさえいえる少女の声。

それを何とはなしに見ながら、アレックスは今後の事を考えながら、いきなり話し出した、傍らにいた男に視線を戻した。



奪われる翼14





「結局なんだったわけ?折角一時間も機体の中でじっとしてたってのに!」

戦闘態勢解除の発令が出され、ミネルバ配属のパイロット4名のうち、紅一点のルナマリアが我先に、とでも言うように彼女の愛機、ザク・ウォーリアから出てきた。

 それからの第一声がそれだ。

それを聞きながら、天才と呼ばれる、女神の名を冠した少年も、彼の愛機リバイブルから降り立つ。
 そして、苦笑をルナマリアに向けて、言う。

「良かったじゃない。戦闘にならなくて。」

と。それを聞いた彼女は、一瞬驚いたような顔をして、それからアテナに視線を向ける。

思ったとおり、彼の顔には苦笑がにじんでいて、ルナマリアはなんだか複雑な気分になった。

 先程の、彼の言葉を思い出していたのだ。

もっと、自分はこの状態を喜ぶべきなのであろうか。人を殺さずに済み、また、殺される危険を冒さずに済んだ事を。

 あんなに強いはずのアテナ。そんな彼の、弱さを垣間見た。

それが、何やら只ならぬ理由から来るモノだと思い、先程の非礼をまだ詫びていなかったことを思い出し、ルナマリアは少し視線を落として言った。

「アテナ、さっきは、ゴメン・・・。」

と。それにアテナはまた苦笑して「ううん。こっちこそゴメンね。」と優しく答えた。

 こちらが謝れる理由が思い至らず、顔を上げて疑問の視線を彼に向けると、しかし彼は微笑んだだけでそれについては何も言わず、ルナマリアに近づいて片目を瞑って見せただけだった。

「ほら、艦長に報告に行くよ。シンたちに遅れちゃう。」

そして、そう、無邪気ともいえる口調で言う。

 確かに、彼らのいる向かいのデッキは、自分達よりもブリッジに近いところに位置するので、早く行かねばならないのだが・・・。

釈然としないものを感じながらも、それにとりあえず頷いておき、ルナマリアは前を進むアテナの背を追った。




―――壁を、感じる。


彼の背を見ながら、ルナマリアは己の思考に埋まっていた。

 元から感じていなかったわけではない。アカデミー時代の時も、急に大人びいた顔や口調で、物事を言う時があった。その時も、何故かよくわからなかったが、彼との壁を感じた。

 自分とは違うモノを見、体験してきたような。

その明るくて穏やかな性格に隠れがちだったけど、その差はかなり顕著だったから、よく覚えている。

 そう何度も見たわけではないので気にしなかったが、今はその差が、とても気になるのだ。


 なんだかよくわからない感情を歯痒く感じながら、前方で自分達を待っていたシンとレイに、アテナ共々微笑みながら近づいていったのだった。





「本当の名前はなんと言うのだろうね、あの艦の。」

今まで当り障りのない会話を続け、すでに戦闘の心配もなくなった状態で、何故まだ自分たちはブリッジにいるのだろうか、と考えていたので、突然自分に向けて問われた質問に、あまり適切でない返答を返してしまった。

「・・・は?」

と。だがそれに気を悪くするでもなく、疑問を発した男・・・ギルバート・デュランダルはアレックスをじっと見て言葉を重ねる。



―――だれも、ブリッジに近づいてくる複数の足音には気付かない。



「名はその存在を示すものだ・・・。」



「じゃぁ、僕から行くね?」
ブリッジのドアの前、先頭にたっていたアテナは、仲間を振り返ってそう訊ねた。

彼らが頷くを見、ためらいもなく、アテナはブリッジのドアを開いた。



「ならばもし、それが偽りだったとしたら?それはその存在そのものも偽り・・・と、言う事になるのかな?
アレックス、いや、アスラン・ザラ君?」


 その場の空気が凍った気がした。
誰もが議長のその言葉に意識が向き、たった今ブリッジに入ってきた少年達に気付かない。

アテナも、その後ろの三人も、その「伝説のエース」の名にただ呆然と突っ立っていた。

そんな彼らの様子に気づくこともなく、議長はさらに言葉を重ねる。

「どうせ話すなら、本当の君と話がしたいのだよ、アスラン君。」

と。そう言って、何を考えているのか・・・否、何かをたくらんでいるような微笑を向ける。


 しかし次の瞬間、何を思ったのか、議長はアレックスから、急に視線をブリッジのドアに向けた。

そこには、いるとは思わなかった人物が。

それに言葉もなく目を見開いていると、驚きながらも、冷たい笑いを浮かべる少年と目が合う。

 そして、議長の驚きの視線に促されるように、ブリッジにいた者たちの視線もそちらに向かったのだった。

 視線の先にいる、かの少年の口元には、冷たい冷笑。

あの朗らかで、穏やかだったはずの少年の急変に、ブリッジクルーのみならず、タリアも思わず息を呑んでしまった。

 それほど、少年の笑いは恐ろしく、暗いものであったのだ。

勿論、議長も、カガリも、アレックスさえも驚いた。


そんな視線を一身に集めながらも、アテナは冷たい微笑を崩さず、静かに言う。


「・・・ならば、僕も、いえ、僕こそが“偽りの存在”そのものなのではありませんか?」

 ブリッジクルーの視線が疑問の色に染まったが、アテナはそれにも気付かないようで、先程からただただ一身に議長を見つめていた。

議長は何も言わない。否、言えない。ここで不要な発言をすればするほど、己を窮地に追いやってしまうことは目に見えていたから。

周囲の怪訝そうな表情を全く意に返さず、アテナは更に言葉を続けた。

「生まれてからこの方、一度も名乗った事のない本名。偽りの両親、偽りの生まれ。僕の周りは全て偽りで出来ています。・・・それを知っていて・・・それを強要している事を前提とした言葉ですよね、議長?」

そう言って、漸く冷たい微笑を引き下げる。


「・・・失礼いたしました。」

それからは、誰とも視線を合わせようとはせずに、ただ敬礼をして、静かにブリッジから去っていったのだった。


残されたのは、唖然とするザフトの軍人達と、心なしか青ざめている議長、そして、ただ困惑しているオーブ代表と、今すぐにでも幼馴染のところに行って慰めてやりたい衝動に駆られている、随員だけだった。





(あとがき)
ぶっちゃけ、このシーンを書きたくてこの長編を書き始めたわけなんですけど・・・
あっけないな、おい。

ついでに、ルナマリア、女の勘発動。
彼女にも今後動いていただきましょう。



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