「あ、て・・・な・・・・・・?」

アンダーシャツを脱いだ瞬間、呆然と自分の偽りの名を呼ぶシンと、急に、静寂と緊張感を含んだ食堂。

しかしそんな周囲に、キラは首をかしげてただ、アスランから渡されたタオルを受け取り、体を拭いていた。


シンやレイ、他の食堂にいた大半のクルー達の目に飛び込んできたものは、


その少女めいた顔からは想像も出来ない・・・背中の、形容し難い、
―――――――――傷。




奪われる翼17





一通り背中を拭き終わり、何故かその動作・・・正確には、自分の背中を凝視する周囲に居心地の悪くなったキラは、無意識に首に掛けたタオルの両端を強く握り、アスランに近づいて行った。


「馬鹿アス、何か注目浴びまくってるんだけど」
「や、俺もこの反応は予想外だ。何か、まだ後ろについてるんじゃないか?」


そう、小声で言い合う。

先程から、周囲の視線はキラの背中に釘付けと言っていい状況なのだ。そう思うのが当然であろう。

だからこそ、その言葉と共にアスランがキラの背中を覗き込もうとしたのだが・・・それは、適わなかった。

さっと、キラがアスランから間合いを取ったからだ。

それこそ予想外のキラの行動に頭がついて行かず、アスランは中途半端に踏み出したままの足を止め、キラを凝視する。

当のキラも、実はたった今、自分の起こした行動に戸惑いを隠せずにいた。

無意識だったのだ。だが、何故か「アスランに背中を見せてはいけない」と、強く思ってしまい、気付いたら体が反応していた。

そうして、今の己の行動を振り返って見て、漸く気づく。


今の、自分の背中の状況を。


「アスラン、上着、ありがとう・・・。」
思い出し、心なしか慎重に、キラはアスランに腕を差し出した。「服を返せ」という無言の意思表示である。

だがアスランはそれに軽く眉をしかめ、「嫌だ」と返す。

それに舌打ちをしたいのをこらえ、キラは、いまだに呆然としている感のあるシンに声を掛けた。


「シン、悪いけど、上着かして。」


と、静かな声で。だがその時も、キラがアスランから視線をはずすような事はない。
どうしても彼にだけは、今の自分の背中を見せたくないのだ。

半年間放置していたせいで、今ではすでに二年前・・・と同じ・・・状態・・ に戻ってしまった背中に、キラはこの時ほど、自分のプライドをかなぐり捨てずに議長に治療の旨を言わなかった事を、後悔した時は無かった。


一方、いきなり声を掛けられ、その声に反射的に従いそうになったシンだが、ふと我に返って口を開く。


「アテナ、お前・・・その背中、なんだよ・・・!?」


戸惑いと、何かで震える声で。

シンをそんな風にさせる理由に十分覚えのあるキラは、更に眉根を寄せて近づいてくるアスランに、反射的に後ずさり、シンに頼ることを諦めた。

きっと彼は、この「背中」の理由を言うまで、動こうとはしない。そう、理解しているから。

そして更にずんずんと近づいてくるアスランに、こうなったら強行突破してでも、とキラが身構えたその時。


「やめろ、アスラン・・・!」


カガリがキラとアスランの間に入ってきて、キラを守るように立ちふさがったのだ。

その顔は、気の毒になるほど真っ青で。

ちらりとそれを見たキラは、カガリもすでに自分の背中をみていて、更にそうなった「理由」までもを悟られてしまったらしいことを知る。

まぁ、自分達の過去を知り、今の自分の反応を見たものならば、よほどの馬鹿で無い限り安易にその結論に到るだろうけれど。

己の迂闊すぎる行動に、今度こそキラは舌打ちを抑える事が出来なかった。







・・・・・・・・・面白くない。

アスランがまず思ったことは、それだった。

漸く会えて、普通に話すことができて。顔には出さないがかなり喜びをかみ締めていたところだったというのに、なんだろうこの落差は。

背中を見ようとした途端に起こった、キラからの拒否反応。しかもどうやら、無意識下での行動だったらしい。

その上、この食堂内でキラの背中を見ていないのは、すでに自分だけのようだ。その疎外感が、余計に神経を逆撫でする。

しかも、いざとなって助けに呼ぶのまたあの少年。

だいたい、あの赤目。
気に食わなさ過ぎる。

先程キラと抱き合っていたのを見たときから、すでに自分の敵と決定していたのだ。更に、キラに助けを求められ、そのくせ拒絶しやがった小僧。


これが面白いわけなかろう。


しかも、カガリまでもがキラに加勢しやがる。


そんなこんなでアスランの苛立ちは最高潮に達しようとしていた。


というか、達した。



「どけ、カガリ。」

静かだけれど、先程の比ではない迫力と怒りのにじむ声に、ついついカガリは肩を大きく跳ね上げてしまう。


なんだ、こいつ・・・。


初めて見る、アスランの本気の怒り。まさかこんなことでキレるとは思わなかった。やっぱこいつは馬鹿だ、キラ馬鹿だ。

実はカガリがそんなどうでもいいことを考えていると、アスランは彼女の前で一度立ち止まり、てこでも動きそうもないと判断するや否や、諦めたのかため息をひとつこぼし、


・・・跳んだのだ。


そりゃもう、カガリの頭上を軽やかに。


コーディネイターならではの身体能力。今日も流石だ。


・・・だんだんカガリは、現実逃避したくなってきていたのだった。


「っ、アスラン!」

いきなり目の前に着地してきたアスランには、流石のキラも驚いた。まさかこの狭い食堂で跳ぶなんて、常識はずれにも程がある。
靴のごみが食事に入ったらどうしてくれるんだ。

この状況でもそんなことをなんとなく考えてしまうあたり、やっぱりカガリとキラは双子なのである。


だがアスランはそんな双子の心情などものともせず、驚くキラの肩を掴み、強引に後ろを向かせたのだ。


「っつ、やめろアスラン!!!」


だが、時すでに遅し。キラがそう叫んだ時にはすでに、アスランはキラの背中を視界に入れてしまっていた。


「!!!」


アスランが目を見開いて固まったことを感じながら、キラはアスランの手を思いっきりはねのける。

その反動で、崩れる体。

呆然と床に膝をつくアスランに苦々しいものを感じ、キラは無言で彼から顔をそむけた。


すると再びアスランの目に入ったのは、大きな複数の刺傷痕と、その周りの火傷痕といっていいのかもわからない、黒ずんだ肌。紫色の肉。

それらが、薄い膜のようなものから透けているように、キラの背中で顔を出していたのだった。

グロデスクとしか言いようの無いそれに、アスランは呆然と「何故・・・」と呟いた。


その様子を見ていられなくて、キラが食堂から出て行こうとしたが、それは、以外にもレイによって止められる。


「待て、アテナ」


という言葉と共に、頭からかぶせられる紅の軍服。

それを甘受しながら、今度こそ出て行こうと体をひるがえしたが、それもまた、止められた。


「それは、俺がつけた傷だな・・・?」


という、心なしか震えたアスランの声によって。

その言葉に反射的に振り返ると、アスランは膝をついたままの体勢で、自分の両手を呆然と見ていた。

その顔は、驚くほど真っ青。

それを見て、キラは更なる後悔に襲われる。


だから見せたく無かったのだ。本人が見れば多大なショックを受けるに決まっている。知らないなら、そのままの方が良かったはずなのに!

内心でそう思いながらも、・・・いや、思っていたからこそ、キラはアスランの問いに、嫌に固い口調で答えた。


「ちがう」


だがアスランはその口調で確信を強めてしまったようだ。・・・昔から、この幼馴染の前だけでは、どうしても嘘をつけない己が忌まわしい。

アスランは漸く顔を上げてキラを見、言った。


「違わない。他に理由がない・・・!」
「違う!!」


焦燥を解消する術が見つからず、どうしても荒くなってしまった語調にかぶせるように、アスランも叫ぶように言う。

「違わない!それは俺がお前を殺そう・・・とした・・・時につけた傷だ!! でなければ、何故隠す!!」

そのアスランの言葉を聞いた途端、あちこちで驚きの声が発される。

そこで漸く、キラは周囲に人が大勢いたことに気付いたのだった。

キラは顔を青くして思う。
ここからの話は、こんなに人が大勢いる場所でしていい話じゃない。

そう判断すると、未だパニックを起こしているアスランに近づき、彼の前で膝を折った。

反射のように、その頭を抱いてやりながら。


「落ち着いて、アスラン!大丈夫、大丈夫だから!!」


そう、心なしか泣きそうな声で。


幼馴染のこんな状態、本当に久しぶりに見た。

肩に傷を負いながらも、プラントからAAに帰還し、苦しげに小父さんの話をした、その時以来。

こんな状態にしたくなかったから、必死に隠してきたのに。

こんなに彼を苦しめているのは、他ならぬ己自信。

その事実にキラがアスランの頭を抱く力を強めると、反動で、掛けてあっただけだったレイの軍服が、肩からすべり落ちた。


その一連の動作と、キラの腕と声に、少し自我を取り戻したアスランは、またさらされたキラの背中にそっと手をやり、呟くように言う。


「・・・半年前は、こんなの無かった・・・。」


それに表面上は穏やかに、キラは答える。


「でしょう?だから、これは“あの時”の傷じゃない。」


だがそれを聞くと、アスランの顔が泣きそうに歪み、弱々しい口調で言葉を綴った。

「・・・キラ、正直に言ってくれ。俺はもう、確信しているんだ・・・。」


その言葉に、辛そうに顔をゆがめながらも、それでも言わないキラに、アスランが言葉を続けようとした、その時。


状況を更にややこしくさせる人物が、食堂に参入してきたのだった。





(あとがき)
変態一号変身後、(プチ)黒ザラ降臨。その後更に弱々アスラン登場。
めまぐるしくキャラの変わるやっちゃな、デコ。(変えたの私だけど。

 前回結構キラの体について「気になる〜!」発言をいただいたのですが、こんなです。
大半の方は想像できていたようですけど、痛いですね、はい。

でもでも、どうしても書きたかった!!
ぶっちゃけこの回は始めっから終わりまで、ずっとキラは上半身裸でっす!!
しかし全く色気が無いのは私のせい。
ちなみにキラの艶かしい上半身の描写を入れようとも考えましたが、自主規制。
当サイトの雰囲気に著しく合いませんので。(実証済み)



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