「ところでレイ、お前ドクターはどうしたんだよ。」

「入れ違いになったらしい。すでに医務室にいるだろう。」


嬉しさから僅かに頬を染めたシンが、それを隠すかのように不機嫌にレイに尋ねた。

すると彼は微妙に唇の端を上げた後、足を動かしながら答えたのだ。



奪われる翼31





そのまま二人でボーっとしながら医務室に向かった。

彼らの間に漂うのは無言のみではあるが、別に双方居心地が悪いわけではなかったので気にしなかった。

そしてそのまま足を進めていると、漸く医務室にたどり着く。

そこに二人仲良く入って早々、ずっとその場にいたルナマリア共々、彼らはショックを受ける羽目となるのだった。





「は? ・・・・・・・・・今何て言いました?」


今ドクターの口から放たれた意味が瞬時に飲み込めず、ルナマリアは思わずそう返してしまった。

彼女の本当に何を言っているのか分からない、とでも言いたげなその口調に、まだ歳若いドクターは困ったように笑って同じ言葉を繰り返す。


「だからね、彼はいつ頃からまともに食事を取っていないのかと・・・・」


再び自らに衝撃を与えたその言葉に、ルナマリアもシンも呆然とアテナに視線を移した。

しかしすぐに、だがゆっくりとドクターに視線を戻して言う。

つまり、ドクターの言葉の意味とは、


「アテナ、ご飯を食べてなかった・・・・・?」


という事なのだろう。

だが、その自分で言った言葉が信じられなくて、ルナマリアは思わず再びドクターを凝視してしまう。

すると彼はまた困ったように顔を歪め、頬をかいた後、自分の質問に答えることは出来ないらしい彼女から視線をレイに移し、今度は彼に尋ねたのだった。


「レイ・ザ・バレル。君は知っているかい?」

「はい。元から食事の量はそう多くなかったのですが、ミネルバに入った辺りからはほとんど食べてはいません。」


ほとんど考える為の間も置かないでそう返した彼に、思わずルナマリアもシンも、今度はレイを凝視してしまう。


「お、まえ・・・・知ってたのに何も言わなかったのか!?」


それからすぐ、驚きから覚めたシンがレイの腕を掴み、彼の体を自分の方に向かせて詰問するようにそう問うたのだった。


シンはは気付かなかった――――否、気付けなかったのだ。

確かにアテナの食事の量が決して多くはない事は知っていた。それはアカデミーの頃からそうだったのだ。

しかし「ほとんど食べてはいない」とは、どう言うことなのか。

そもそもパイロットである彼らは比較的シフトが規則的で、皆一緒に毎日三食食べていた。

そう、“一緒に”。無論それはレイのみではなく、ルナマリアもシンも一緒に、アテナと4人で食事を取っていたはずだ。


―――それなのに気付かなかったのだ。どう言うことだと思いつつも、シンが怒りの形相でレイを見ると、彼は腕の痛みではない何かに顔を歪めた後、いつもの冷静そうな口調で答えたのだった。


「本人は隠したがっていたし、何も全く食べなかった訳ではない。水分もココアや砂糖を入れた紅茶で多めに取っていたから、俺は口を出さなかった。」


話は変わるが、アテナは話術が得意である。それが元からの天性なのかそれとも必要に迫られて身に付けたものかは知らないが。

食事中、アテナは必ずその巧みな話術を駆使し、シンたちの関心を自分の食事が乗ったプレートから遠ざけるのだ。

レイは他の二人と比べて口数が少なかった分、アテナの話術から意識がそれることもたまにあった。

だから気付けたのだ。アテナの食事がほとんど減っていないことに。

口に運ぶ速度が恐ろしく遅いことや、彼が高カロリーのモノばかり口に運ぶことにも。

だがレイがアテナのその恐ろしく少なくて偏った食事に気付いた時、すでにそれが養父ギルがかける心労のせいなのだと悟っていたから、彼の息子であるレイには何も言うことが出来なかったのだ。

それに、アテナ自身も倒れないようにカロリーや糖分を多く摂取していたのだし。

そんな風に気付かれないよう頑張っている彼を見れば、余計に言い出すことなんて出来なくなる。


――――だから・・・・・そんな姿を知っていたからなのかも知れない。

彼の名が偽りなのだと知ったその直後から、アテナが全く固形物を摂取していないことに気付けたのは。

・・・気付いてしまったからこそ、それ以上そんな姿を見ていたくなくて。

養父への裏切りなのだと知りながら、個人の端末をアテナに渡した。


レイはそれらを一気に思い出してから、シンをじっと見て言ったのだった。


「・・・・言えると思うか? アテナはお前達を心配させないように努力していたのに。」

「でもっ」

「シン。」


レイの言葉に反論しようとしたシンに、レイは諭すような響きを持って彼の名を呼ぶ。


「アテナに拒食の気が出たのは、俺達のせいでもあるんだ。俺もフリーダムが大事な人の・・・仇なのだと言っていい立場にあったからな。」


そのレイの行き成りの告白に、シンも話を聞いていたルナマリアとドクターも息を飲む。

それから状況――彼はすでにキラがフリーダムのパイロットだったという事実を知っている――を把握していたシンは逸早く我に返り、悔しそうに唇を噛んで力一杯拳を握った。

レイの言葉を本当の意味で漸く理解し、シンの胸中は今、後悔で埋め尽くされていたのだ。


思い出すのは、先ほどの自分。


―――――何、喜んでたんだよ、俺・・・・。


そう、アテナが自分のことを倒れる位気に掛けてくれていたのだと、歓喜していた己が愚かしい。

それがどのような過程を経た結果なのかという事も、それがどれほどアテナに負担を掛けていたのかという事も、シンはまるで考えていなかったのだ。


彼が俯いて自分を責めている間、レイはいまだ状況を把握していないルナマリアとドクターに「“キラ”はフリーダムのパイロットだった」と告げる。

しばらく呆然として眠るアテナとレイを交互に凝視した後、口を開けてポカンとしている二人に向け、レイはきつく他言をしないように言い包めた。


彼らが頷くのを見届け、ほっと息を吐いたのもつかの間。


今度はいつの間にかシンが自分の隣から消えていることに気付き、表面上は冷静に、だが内心では少々慌てて彼を探した。

するとなんと彼はアテナのベットに侵入し、上に乗りかかるようにして彼の肩を掴んでいたのだ。


「な・・・・にをしているんだ、シン。」


僅かに口元を引きつらせてそう問うてみたが、シンは気にした風もなくアテナの肩を揺さぶる。


「なぁ、起きろよ、アテナ・・・・・。」

「シン?」


漸く完全に我を取り戻したルナマリアが、どこか意気消沈し、いかにもすぐさま泣きそうな声でそう言ったシンを不思議そうに呼んだ。

だがそれも気にせず、シンはアテナの肩を緩慢に揺さぶる。


「なぁ、起きろよ・・・・“キラ”・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・う・・・・?」


しばらく続けていると、アテナが小さく唸った。

それから更に数秒後、彼のまぶたが僅かに痙攣し、次いでアメジストのような瞳が姿を表す。


「アテナ!!」


それを見て、シンは思わず叫んだ。

するとアテナは未だ意識のはっきりしないような、焦点の合わない視線をシンに向け、小さくこう呟いたのである。







「・・・・・・・・・・・・・さくらんぼ、食べたい・・・・・・。」







「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・・?」」」」


突如呟かれたその言葉に、思わず医務室にいた者全員が、呆けたような声を上げてしまったのだった。






(あとがき)
次回、ギャグ。

シリアスに終止符を打ちましょう・・・・てか、う、打ちたいんです!!

しっかしどうしようかなぁ、涙の友情劇にしようかな。それとも黒キラを復活させようかな。

ぶっちゃけ両方・・・・?(ぇ




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