『―――――――キラ・・・。』

「・・・・・・・・・・・・え・・・・・?」


突如聞こえた声に、キラはうっすらと目をあける。

しかし目の前に広がったのは、予想通りの果てのない暗闇のみ。

それに僅かに苦笑してから再び目を閉じ、数秒後に開いて先ほどの声の持ち主に返事を返す。


「やぁラクス。久しぶりだね。」

『えぇ、お久しぶりですわ、キラ。』


そう、その胸に染み渡るような穏やかな声は、キラの大事な少女の物であったのだ。



奪われる翼32





自分の姿も見えない暗闇の中、彼女の姿が見えるはずもなく。

キラはラクスがどの位置から声を掛けているのか分からないまま、言葉を紡ぐ。


「これは、僕の夢? 深層心理の強い欲求のせいで、君が出てきたのかな?」


自分が今いる空間が、現実世界でないことなど初めから知っていた。

というかそれは、冷たく、後悔と懺悔ばかりを強いるこの不思議な空間が、現実世界にあってたまるか、という思いからの判断でしかないのだが。

そう、キラは先ほど自分の名を呼ぶ声が聞こえるまで、目を瞑って自分の過去を振り返っていたのだ。

その度に、自分の過ちを後悔し、巻き込んでしまった者達に謝罪する。

今更後悔しても遅いのだと、謝罪しても意味のない事なのだと、そう頭では分かっていたはずなのに、止めることが出来なかった。

そんなループにはまっていた所に、突如ラクスの声が聞こえたのだ。

 キラは再び目を閉じ、自分の胸に手を置いた。


「それとも・・・・・・。」


そして、思い出す。オノゴロで過ごした穏やかな日々を。

そうすると不思議と温かくなってくる胸を抑え、キラは続きを言ったのだ。








また、これは君からの電波通信だったりするの・・・・・?」








胸が温かい・・・・・というより、むしろ熱い。

あぁ、あの時は散々だった。

悲しいやら恐ろしいやら苦しすぎるやらで、思い出すだけで涙が沸いてくる。

汗の滲む顔で、気が付いたら胸の辺りを指が白くなるほど強く握り、キラは否定の言葉を吐いて欲しくてへらりと笑う。

しかし運命の女神・・・・・というより、運命を握る女帝は残酷だった。


『はい、もちろんですわv 漸く成功しましたわね。でも前回の時よりは速くキラと繋がりましたわ。』


『次回はもっと速く・・・』などと言おうとしていたラクスを慌てて遮り、キラはめまいのする頭を抑え、しかし微笑を浮かべたまま叫ぶように言ったのだ。


「あははははははは、凄いね、うん、スゴイ! でも今度から僕以外にしてって言ったでしょ!!?」


最後は僅かに涙を浮かべ、辛く悲しく苦しい過去を思い出し、動悸が激しくなってむしろ胸が熱いどころか体中冷たくなってきた事を自覚しながら、キラは見えないラクスをじっと見る。


『あらあら、わたくしキラが心配で頑張って繋げましたのよ? ・・・また、無理をなさいましたね・・・?』


突如妖精のように能天気で明るい声がなりを潜め、代わりに出てきたのは、あの何者をも従わせる、凛とした声で。

言われた言葉が図星だったせいもあり、キラは思わず口をつぐんでしまったのだ。


ラクスもそれ以上は何も言わない。しばらく無言の空間が流れ、キラは先ほどの興奮が完全に収まり、尚且つ冷静さも取り戻したところで口を開いたのだった。


「・・・・・・・全部お見通しみたいだね・・・・。それも、電波の力?」

『いいえ、ただの勘ですわ。・・・また、悲しい夢を見ましたの?』

「悲しい・・・・・・・うん、悲しい。」


ラクスの言った言葉を反芻し、キラは自分自身を抱きしめるように肩を抱いた後、それ以降黙ってしまう。


『・・・わたくし達のことを、気になさっているのですね。・・・決してそれだけでは無いようですが。』


凛とした声の中に滲む、此方を案ずる優しい感情。そして否定することは最早無意味だと分かってしまう断定口調。

それらを向けられ、キラはいつの間にか俯けていた顔を上げると、自嘲の笑みに近いものを浮かべて答えたのだった。


「・・・・僕ね、ラクス。なんとなく“議長は僕に甘いかも”って思って、賭けまがいの事をして君たちを危険に晒したことが何度もあったんだ。」

『・・・・そうですか。』

「うん。でも、今回は、本当にその賭けに負けるかもしれない。」

『・・・・・・・何故?』

「イザーク達と連絡を取った。・・・これは、ルール違反だ。」

『あら、議長に気付かれるようなヘマをなさいましたの?』

「うん、ちょっとね。」


あれを独り言と取ってくれるほど、議長は愚かではないと思う。

今までの行いを考えれば、今度こそ見せしめの意味で決行されるかも知れないのだ。

確かに、命を奪われることはないだろう。だが、女性であるラクスや母の指を切る。その行為はいくら彼女達が大丈夫だと言っても、キラがそんなことを許せるはずが無かった。

痛いだろうし、悲しいだろう。そんな思いを、彼女達に味合わせる訳にはいかないのだ。


なのに自分は、なんて失態を―――――・・・・。


そう思い、顔を覆って再び俯くと、まるでそれが見えているかのような絶妙なタイミングで、ラクスが声を発したのだ。


『キラ・・・・・・。わたくし達は、大丈夫ですわ。』

「ラクス・・・・・大丈夫なんかじゃないよ、ダメだ、あんな・・・・」

『いいえ。聞いてください、キラ。』


意志の強さを感じさせるその口調に、キラは気分を落ち着かせるために大きく息を吸ってから、「何?」と聞く。

するとラクスは、僅かに間を開けた後、妙に明るい声で続けたのである。


『キラは、わたくし達がただ黙ってこの状況を甘んじているのだとでも思っているのですか?』

「そりゃぁ、思ってないよ(即答)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(思案)・・・・・・・・・・・(我に返る)お、思ってないデスケド、はい。・・・・・・・てか、何やったの・・・・?」


何も考えずに即答してから気付く。

――――失念、していたのだ。

そうだ、あのラクスがまさかあの状況で何もせず自分の母と共に過ごしていたはずがない。

“あの”ラクスが意識があろうと無かろうと、あの高機能なハロを手放すはずが無い。

“あの”電波なんて非科学的な物まで操るラクスが、黙って優雅に紅茶なんて飲んでいるはずが無いのだ・・・・・・・!!!


それに、彼女は聡明で優しいのだ。キラの状態を察し、彼一人に重荷を背負わせないように何かしら議長に対しても行動を起こしていたはず。

―――彼女達の綺麗な指が自分の行動にかかっている。それは確かな事実であろう。

しかし、それは少々傲慢な考えでもあったようだ。

それを、次にラクスの口から出た言葉によって、キラはつくづく思い知らされてしまったのだった。








『何をしたのか・・・ですか・・・?


それは勿論、



洗脳でしょう・・・・・・・・・・・・!!』







「洗脳、ですか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


あぁヤバイ、何だか泣けてきた。


「ちなみに聞いておくけど、具体的にはどんな?」

『多岐に渡っては幾らわたくしでも無理ですので、ただ一点に絞って電波を飛ばしましたの。』

「うん・・・。」

『・・・・・わたくしは鬼より怖い。逆らおうなんて考えたら金棒で頭を粉砕しますわよ。

わたくしはあなたのご主人様。ですからは厳しくやって差し上げます。

わたくしは貴方の運命を握っています。わたくしの指先一つで貴方は民衆にも犬にも馬鹿にされるようになるでしょう。

わたくしは・・・・』

「ゴメン、もう聞きたくない。とりあえず、テーマは『わたくしを何よりも恐ろしく思いなさい。傷をつけようとなんて事怖くて出来なくなるくらいに』ってトコロかな・・・?」


あぁ、なんだかとっても同情しちゃう。ついでに仲間意識発動。

目元に滲んだ涙を拭いつつ、キラはそんなことを内心で呟いていた。

しかしそんな彼の内心ななど気にせず、運命を握るピンクの女帝は言うのだ。


『まぁ、そうですわね。昨日の内に完成しましたから、あの愚か者がどれほど精神力が強くても、まずわたくし達を害そうなんて無理なお話ですわ。』

今回は強い味方もついてますし。


不意に小さく付け足された言葉に、キラは何だか嫌な予感を刺激され、恐る恐る尋ねてみたのだ。


「・・・・・・・ラクス。」

『はい?』

「その、“強い味方”って・・・・・?」

『あら、勿論カリダさん・・・・・いいえ、師匠ですわ。』



その言葉を聞き、キラは頭を抱えてうずくまってしまったのだった。




ラクス・・・・・・・・・更には母さん・・・・・・・・僕この件に片がついたらこんなのとまた一緒に暮らさなきゃいけないの・・・・・・!?
助けてアスラン・・・・・・・!! いやあの微妙なヘタレじゃ駄目だ、助けてカガリィ!! この際君が姉でも母でも良いから権力でも何でも使って僕にあの人たちから逃げられる家をちょうだい!!)




そう、キラは思わず内心で叫んでしまったのだった。

ちなみに、彼は今叫んだ言葉が微妙に現実世界で寝言として漏れている事を知らない。


更には、それを聞いてしまった少年達が、現実と比べればとっても美しい誤解をしてくれたことも、知らない。

だが、頭を抱えてもっと色々叫びつつも、しばらく経ってから紡がれたラクスの言葉を聞いていたので、ある事実だけは知っていたのだ。


『あら、ミネルバ艦内に電波を飛ばしていた師匠(カリダ)からの伝言ですわ。
シンとレイと仰る方々が、デコのせいでフリーダムの存在を知ってしまったようですわね。しかもご容認なさったようですわ。よかったではありませんか。』

「・・・・・・・・・・・・・・え・・・? ご、ご容認?」


今さらりと言われた言葉の内容のほとんどが理解できず、キラは思わず聞き返してしまった。

するとラクスは、見えなくても何となく分かってしまう微笑を浮かべて、優しく答えたのだった。


『はい、フリーダムなんて関係ないのだと。彼らは、キラ・・・“貴方自身”をちゃんと見ておいでです。貴方が悲しく感じていたのは、彼らにその件がバレて疎遠にされてしまう事だったのでしょう?』


それは、ラクスの知らないはずの事実。だから・・・あぁ、こっちは紛れも無く電波で知ったな・・・・と思いつつ、キラは徐に立ち上がったのだ。

―――いつの間にか、暗闇の中でも自分の姿が見えるようになっていた。

彼は「ん〜」と伸びをして、見えないラクスに笑みを送る。


「そっか。・・・・もしかしたら、“彼ら自身”を見ていなかったのは、僕自身なのかもしれないね。」


仇、そんな言葉に拘って、気に負っていたのは、はっきり言ってキラだけだったのだ。

“自分が殺してしまった家族を持つシン”、“自分が殺してしまった人物と同一人物でもあると言えるレイ”。

頭の片隅で、キラは彼らをそう認識していたのだ。だから、彼らが自分を許してくれる、という選択肢は最初っから存在しなかった。

“友人であるシンとレイ”なら、無条件で自分を許してくれる。そんな風に考えることを忘れていたのである。


キラは苦笑して、肩の荷が一気に下りたことを自覚するや否や、不意に感じた空腹に腹を押さえたのだった。


「・・・そういえば、僕しばらくご飯食べてなかったな。」

『まぁ、いけませんわ。三食きっちり食べませんと。カリダさんに言いつけますわよ?』

「はは、それは困るな。」


そう冗談めかした会話をして。

最後に彼本来の穏やかな微笑を浮かべて、キラは言う。


「ありがとう、ラクス。誰かが呼んでるから、僕はもう行くね?」

『えぇ、行ってらっしゃいませ。』


その声を聞きながら、キラの意識は暗闇から光の空間へと浮上したのである。








そして、まぶたを僅かに開けたとき、目に入った2粒の赤い物体を見て。

思わず空腹感を訴えていた脳が、それを瞬時にさくらんぼと認識し、キラに「・・・・・・・・・・・・・さくらんぼ、食べたい・・・・・・。」 と言わせたのだった。

目がはっきり覚めて、それがすぐさまシンの瞳であったことに気付けたけれど。




(あとがき)
ぶっちゃけこの展開は予想外だった・・・・。前回のあとがきで出した両方に当てはまらなかったし。ん? でも微妙にキラ黒い?

ラクスも出てくるとは思わなかったし。しかも黒い。

やけに長くなったし。

何となく始めの方で紫鬼のキラフレ涙のお別れシーンを思い出しましちゃったし。

ちなみに、途中で出てきた何だかキラの苦労したらしきエピソードは、今度番外編で書きたいなと思っております。



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