静かだ。 ただ漠然とそう思い、アスランは握った拳を見下ろしていた。 オーブ近海の空は、まだ暗い。明かりを付けていないこの部屋も、当然暗かった。 しかしそれを物ともせず、彼は睨むように自分の手を見る。 意味も無く、緊迫した空気が漂っていた。 しかしそれを破るように、突如呆れたような声が部屋に響いたのだ。 「・・・・・・アスラン、暗闇の中で自分の拳とにらみ合ってるなんて、変な人だと思われるよ?」 「・・・・・・・・・余計なお世話だ。」 いつの間に部屋に入ってきたのかだとか、そんなことはどうだって良かった。 一瞬の驚きの後、アスランの足は無意識に動いていたのだ。 そして静かに、侵入者の体を抱きしめた。 壊れ物でも扱うように、そっと。 「キラ・・・・・・・っ」 「・・・・大丈夫。僕、大丈夫だから。」 シン達から聞いた。すごく心配したでしょう? 君、心配屋さんだから。 朗らかにそう言った彼を、アスランは今度こそ力を入れて抱きしめた。 奪われる翼34「寝てないの?」 「いや、寝たよ。ただ途中でディアッカに起こされてな。・・・・そういえばあいつ、口調がイザーク化してた」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 意味がわからなかったのか、想像が付かなかったのか・・・どちらにせよ長い沈黙を返した後、キラは眉根を寄せて呆けたような声を発した。 それにため息だけ返しておいて、アスランは脱力するようにベットに腰掛ける。そしてこめかみを抑えて言ったのだ。 「≪この腰抜けがぁ!!!≫って。めちゃくちゃ似てた。」 「くっ、四六時中一緒に居るからね、ディアッカ達。口癖が移っちゃったんだ。」 コロコロと笑って納得しているキラは、いつも通り―――その“いつも”がどの時期なのかはアスラン自身よくわかっていない―――の彼だった。 しかし先ほどの出来事と、彼の性格も考えて。アスランはこのキラの状態を、素直に受け入れることはできなかった。 けれど表面上はそのままだから、きっと踏み込んでは欲しくない事なのだろうと悟る。このまま無視する事を、彼は望んでいるのだと。 だからこそ、アスランはキラの体調について触れなかった。 けれどこれだけは言っておかなくてはと、口を開く。 「キラ。」 「ん?」 『ディアッカ達も心配していた。言うまでもないとは思うが、ちゃんと連絡を入れてけ。それと・・・』 先ほどの会話もぎりぎりだとは思うが、キラとイザーク達が連絡を取っていた事を議長に知られるのはまずいと思い、音を出さずに言った。 キラはそれに苦笑して、静かに頷く。 言葉を途中で切ったアスランもなんとなく苦笑を返してから、漸く本題を口に出したのだった。 「・・・・・ちゃんと、食べるものは食べろ。」 「・・・・・・・・・・・・・、バレてたか。」 「お前を医務室に運ぶときに、な。」 そう、キラを抱き上げたときになって漸く気づいた。筋肉がちゃんとついているはずなのに、彼はあまりにも軽すぎたのだ。 その体の何がどうなればあんな軽さになるのかはわからないが、それが何によるものなのかははっきりとわかる。 三食きっちり食べてさえ居れば、ああはならないだろう。 「シン達にも気づかれちゃったからね。今度からはちゃんと食べないと、食堂から出さしてもらえないよ、きっと。」 だから、安心して。 穏やかな、キラ独特の微笑。それを見ると安心してしまい、アスランはゆっくりとベットに上体を倒した。 「頑張れ、キラ。」 「うん、君も。頑張って。」 後少しの辛抱だから、しっかりしろ。きっと、大丈夫だから。 どうか、ラクスと母さんを助けてあげて。君になら出来るはずだから。 アスランは寝転がって天井を見たまま、キラは朝日が漸く昇りだした窓の外を見ながら、肝心なことは言わずに励ましあう。 けれど、彼らにはそれだけで十分だった。 勿論、問題はまだ山ほどある。けれども何故か、この数時間で双方心が軽くなったような気がした。 数時間後、ミネルバはオーブに迎えられていた。 搭乗口にはオーブの首脳達が集まっている。カガリの出迎えと、ミネルバの視察にきたのだろう。 それを遠目で見ながら、レイとシン、それからキラはため息をついた。 奇しくも三人同時のそれに、まずキラが笑い出す。 「やだなぁ二人とも。何ため息なんてついてるの?」 「・・・・・キラだってついてたじゃん。・・・どうか、したのか?」 心配そうな瞳に覗き込まれ、キラは困ったように笑う。 「ううん。ただこれから・・・・どうなるのかな、って。」 その言葉からは、彼が不安を感じているのか、ただ困惑しているだけなのかは伺いしれない。 だがシンのため息の原因は、ただ単にオーブ本土との そしてレイとキラのため息の原因は、きっと同じ。 「・・・・色々と急展開を迎えそうだからな。」 「は? 何が?」 「・・・・・・うん。色々と、ね。」 レイの言葉に、キラが静かに頷いた。 議長は狡猾で抜け目無い。監視カメラがなくなった時点でキラにかなりの自由が戻ってしまったし、彼がアスランとカガリに何らかの行動を取ったことにも気づいているだろう。 そしてキラの状態に気づいた彼らを手の内から放ってしまっては、後々必ずや自分が痛い目を見る事もわかっているはず。 今もっとも彼らに近しいミネルバも、すでに議長に順従ではないのだ。小賢しい手も使えない。 となると、オーブやプラントを巻き込んでの大騒動が起こる可能性が高くなるのだ。 現在地球軍がどうもきな臭いので、それを利用する手も考えられる。 そもそも、一番良い手はキラをとっとと手放してしまうことだが、各国のトップと関わりの深い者達まで巻き込んでしまった以上、後に引き返すこともできないのだ。 引き返すことが出来なくなった以上、前に進んで事を大きくするしかない。 いっそ憐れだな、と思い、キラはそれからふっと笑った。 だがそれは別に、議長を見下すための笑いではない。どちらかと言えば、同情や諦めを含んだ笑いだった。 何故そんな笑いをキラが浮かべたのかと言えば、それは勿論、ピンク色の女帝の存在を思い出したからである。 議長は前に進むしか道は無い。だがその上空では、彼女が微笑みながら悠然と彼を見下ろしているのだ。 女帝がダメと判断すれば、議長の道は塞がれる。塞がれた道を通る為の道具であるはずの彼女は、すでに使えない。 更には背後から高い能力を持った者達が捕獲網を持って近づいて来るときた。 八方塞もここに極められたり。いい気味だと99、6%は思うが、のこりの0、4%位は人間として同情を禁じえない。 「・・・・・・・レイ、なんかキラがおかしいんだけど。」 「・・・・・・・・・・・気にするな。俺は気にしない。」 「気にしないのか・・・・・。」 どこか遠くを見ているキラは、やけに楽しそうに見えるのだが、気のせいなのだろうか。 ついでに言うと、何故か彼が小悪魔のように見えるのだが、それはたぶん気のせいだ。そう、絶対気のせい。むしろ関わったら怖いので気のせいということにさせてくれ。 シンがキラから視線をはずしつつそう思ったのかどうかは、謎である。 (あとがき) 前回の更新とまたえらく間があきましたねぇ。 次回、絶対ギャグにしてやる。最近ギャグが少なかったので、そろそろ入れたいのです・・・(願望 |
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